本研究の目的は、エレクトロクロミック特性を有する酸化物薄膜を用いた材料中の水素分布の高位置分解可視化モニタリングシステムを確立すること、そしてこの水素検出システムを用いて、鋼材への水素侵入に及ぼす腐食因子の影響を解明することである。その目的を達成するため、本モニタリングシステムの課題である位置分解能や応答性、検出感度の向上に取り組んだ。これまで代表的なエレクトロクロミック材料としてW酸化物を使用してきたが、Ru酸化物やMn酸化物を使用することで、応答性が極めて向上し、それに伴って位置分解能も改善することが分かった。また、Ru酸化物やMn酸化物は水素検出後の水素の脱離が少なく、積分型のセンサーとなるが、Ti酸化物を使用することで、応答性には劣るが可逆性が高く、繰り返し応答性を有するセンサーとなり得ることが分かった。このように、水素検出薄膜を変えることで、異なる水素検出特性を有するモニタリングシステムを作製することに成功した。また、酸化物の違いによって水素検出の応答性や可逆性が異なる原因について、NMR分光法などを用いた解析も行った。 本水素モニタリングシステムを用いて、水素脆化が懸念される高強度鋼の腐食過程における水素侵入の分布計測に成功した。鋼材の水素侵入には、溶液のpHや塩化物イオン濃度が大きく影響を及ぼすことが分かった。本研究の結果より、鋼材が腐食に伴い脱不働態化すると鋼材の電位が下がるが、その際に水素の侵入が起こるのではなく、電位の低下とともにさびが生成し、そのさびの下におけるpH低下と塩化物イオンの濃縮によって水素の侵入が引き起こされると考察された。
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