科学技術の発展により、いまや人類は単原子や単分子を実験的に観測・操作する技術を手にするに至った。これは、自然界の現象のみならず我々の生活に関わる出来事を究極的に細分化した際、単原子や単分子レベルでその現象の原因を追究できる可能性を手にしたことを意味する。新型ウイルスの脅威と闘い続けねばならない人類の宿命を考えた際、この可能性は人類にとって大きな希望である。しかし現状では、小さな母集団の中から単分子を識別する場合であっても数時間から数日を要し、この状況の打開が急務である。本研究は分子に流れる多様なトンネル電流を分子軌道理論を用いたトンネル伝導経路のパターン化と、その伝導パターンを量子コンピュータで高速分離することで分子識別時間を飛躍的に加速しうる新手法を確立するための基盤研究である。 本研究は、多田(代表者)と谷口(分担者)による基盤研究であり、多田が量子回路構築、量子コンピューティング、成果発表、成果取りまとめを担当し、谷口が分子伝導計測を担当した。DNAの基本塩基分子である、アデニン、グアニン、チミン、シトシン、それぞれの電極とのナノコンタクト構造におけるトンネル伝導パターンを、伝導のための分子軌道ルールに基づいて量子回路を設計し、量子回路上でトンネル伝導という量子現象を再現することに成功した。量子回路に流れる情報はユニタリー変換に対応することに着目し、上述の量子回路を逆向きに構築することで、伝導パターンから分子を特定するという逆問題を量子計算で実行可能となる手法を構築した。量子コンピュータ開発はまだ完成の域には達っしていないが、量子コンピュータを利用することの有効性を示すアプリケーションの一つとしても本研究成果には大きい意義がある。
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