研究実績の概要 |
ハードディスク等の磁気記録メモリの素子にはナノ磁石が用いられている。記録密度を向上するにはナノ磁石の更なる微細化が求められるが、磁石をサブナノサイズまで小さくすると、超常磁性と呼ばれる磁気現象により磁極の向きが不安定になり、磁石として働かなくなるというのが定説とされる。しかし本研究は、サブナノサイズまで小さくした炭化鉄微粒子が室温でも磁気ヒステリシスを示すことを見つけた。そのメカニズムは未だ不明であるが、炭化鉄クラスターと担体のグラファイトとの相互作用が重要と考えられる。一方で、これまでに炭化鉄クラスターの前駆体として用いたデンドリマー錯体はグラファイト担体への担持量を極めて疎にしなければならなず、磁気測定の精度に課題があった。また、原子レベルで平坦なグラファイト基盤への担持も困難であった。そこで本課題では、炭化鉄クラスターの新しい精密合成法の開発と磁気メカニズムの解明を目的とする。 本年度は、炭化鉄クラスターの新しい精密合成法を開発すべく、溶媒に可能な多座配位子の合成と錯形成挙動の解明を行った。1,2,4,5-ベンゼンテトラミン八酢酸ターシャリーブチルエステルを合成し、極性溶媒中のUV-visタイトレーション実験により、Mn(II), Fe(III), Co(II), Ni(II), Zn(II)と錯形成することを確認した。特に、Fe(III)との錯形形成では等吸収点シフトが観測され、配位子の2つのサイトに段階的に錯形成することを明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は溶媒に可溶で安定なアニオン性多核錯体の合成を検討した。ベンゼンテトラミン八酢酸はジアミンサイトを二つ持ち、それぞれのサイトに4つの酢酸部位が加わることで六配位になる。この配位環境はエチレンジアミン 四酢酸と類似構造であることから、錯形成定数が非常に大きな安定な二核錯体になると期待される。まずはサイトが一つのオルトフェニレンジ アミンを用い、オルトフェニレンジアミン四酢酸ターシャリーブチルエステルを経て、オルトフェニレンジアミン四酢酸を合成した。反応条件を最適化後、2サイトの1,2,4,5-ベンゼンテトラミン八酢酸、並びに3,3-ジアミノベンジジン八酢酸を合成した。UV-visタイトレーション実験により、オルトフェニレンジアミン四酢酸、,2,4,5-ベンゼンテトラミン八酢酸、、3,3-ジアミノベンジジン八酢酸はわずかな水分の共存で不可逆的に分解する挙動が見られた。そこで、一つ前段階の化合物であるターシャリーブチルエステルを用いたところ、分解反応が抑えられることがわかった。極性溶媒中のUV-visタイトレーション実験により、これらの配位子はMn(II), Fe(III), Co(II), Ni(II), Zn(II)と錯形成することを確認した。特に、,2,4,5-ベンゼンテトラミン八酢酸エステルとFe(III)との錯形形成では等吸収点シフトが観測され、配位子の2つのサイトに段階的に錯形成することを明らかにした。
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今後の研究の推進方策 |
クラスターは原子が数から十数個しかないため、長周期構造を原則持たない。したがって、一般的な相同定及び構造解析方法であるX線回折法は使えず、キャラクタライズが難しい原因になっている。また最近の研究で、クラスターを構成する原子は基盤上で動的な挙動を示すことが報告され、構造解析の難しさが浮き彫りとなった。そこで今後は、粒子サイズを大きくしたナノ粒子領域の金属炭化物に焦点を当て、カーボン担体上における炭化鉄ナノ粒子のサイズと磁性の関係を明らかにする。 炭化鉄ナノ粒子の前駆体として、有機配位子で表面保護されている酸化鉄ナノ粒子(粒径5, 10, 20, 30 nm)を用いる。この分散液をグラファイト性カーボンの分散液に滴下し、ろ過することで吸着担持する(0.5~5 wt%)。担持量と分散性の関係を電子顕微鏡を用いて評価する。カーボン担体に単分散に担持した酸化鉄ナノ粒子を環状炉に入れ、水素気流下で室温から500℃まで昇温し、炭化物化する。キャラクタライズは粉末X線回折、並びに放射光を用いたX線吸収微細構造測定により行う。 オーブン付きSQUID磁束計で室温から昇温し、キュリー点を測定する。また、室温及び低温 (2 K) における磁化磁場ヒステリシスループと、磁場中冷却/ゼロ磁場冷却磁化曲線を測定し、ナノ磁性とサイズ依存性、カーボン担体との相互作用が与える影響を明らかにする。
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