研究課題
空間反転対称性の破れた超伝導体では、超伝導を担うクーパー対が偶奇パリティの混じったものとなり、これは空間反転対称性の破れの直接の帰結である重要な特徴とされる。この性質を実験的に確かめるため、本研究は面直または面内の空間反転対称性の破れた「原子層超伝導体」において磁場中・極低温走査型トンネル顕微鏡(STM)による詳細な分光測定を行う。2021年度は、セレン蒸着用の真空装置の立ち上げを進めた。セレンは蒸気圧が低く、また銅に対する腐食性があるため、STM 測定に用いる真空装置とは別個に専用の真空装置を設ける計画である。作製した試料はポータブルのミニ真空容器を用いて STM 装置に試料搬送をする。ベースとなる中古の真空容器は、年度前半に譲り受けることができた。もともと高真空領域で使われていたものだったが、内部を清掃し、別途入手した中古ターボ分子ポンプと組合せ、ベーキングを経て超高真空領域に入ることを確認した。また、むき出しの銅のようなセレンに腐食される部品を使わない仕様の EB エバポレーターおよび K セルを調達した。遷移金属ダイカルコゲナイド NbSe2 は、単層レベルの薄膜で面内の空間反転対称性が破れた超伝導体となるので、本研究のターゲットのひとつである。今年度は前段階としてバルク単結晶の劈開表面でSTM測定を行った。STM の性能の評価として、1 K 以下の測定で超伝導ギャップおよびボルテックス内の束縛状態を観測できることを確認した。また、この物質は約 30 K で 3×3 周期に近い電荷密度波転移を示すが、その構造は十分に明らかにされていなかった。そこでわれわれの撮った高解像度のSTM像を数値的に処理したところ、3×3周期の整合ドメインが整合欠陥(ディスコメンシュレーション)で区切られた様子を明瞭に可視化することに成功した。
2: おおむね順調に進展している
NbSe2 バルク単結晶の測定で想定外の収穫(電荷密度波ドメインの可視化の成功)があった。また、セレン蒸着用の真空装置の立ち上げが進んでおり、購入予定品の調達は滞りなく行われた。全体としておおむね順調に進展していると言える。
すでに得られている成果の論文化を急ぐとともに、研究計画は予定通り進める。具体的には、昨年度に引き続きセレン蒸着用の真空装置の立ち上げを進め、年度後半には薄膜作製に取りかかる。また、半導体表面の原子層超伝導体についても超伝導状態での分光測定を行う。シリコン基板上のインジウム原子層の他、超伝導になることが最近報告されたスズの原子層の作製と測定も試みる。あわせて、エネルギー分解能向上のための超伝導探針のテストを行う。
すべて 2022 2021
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (9件) (うち国際学会 4件、 招待講演 2件)
固体物理
巻: 56 ページ: 723-733