研究課題
2021年度は、走査型イオン伝導顕微鏡(SICM)を用いた細胞表層の力学計測モデルの拡張を提案し、数百パスカル以下の小さい弾性率を有する細胞試料をSICMで計測するための枠組みを示した。この計測モデルを用いて、二次元培養したマウスの腸がん細胞を調べた。がん細胞の悪性度を遺伝子光学的に系統的に変化させることで、計測された力学特性とがんの悪性度との関係を解析した。この結果、がん細胞の遺伝子発現レベルと局所的な細胞表層の力学時空間構造に有意な相関を見出した。見いだされた相関が細胞まわりの力学環境にどのように影響されるか調べるために、2022年度は三次元培養した細胞の力学計測に取り組んだ。特に、二次元培養系では計測が困難な細胞基底面の力学計測の実施に注力した。二次元培養系では通常、細胞の頂端面しか走査プローブ顕微鏡では計測できないことから、細胞基底面での力学特性計測系の構築には意義があると考えた。細胞同士を積層した3次元的な組織様の細胞塊をコラーゲンゲルに半包埋して、基底面を外方向へ配列することで細胞基底面のナノ力学計測を長時間にわたって可能とする計測系の構築に成功した。この結果、二次元培養した細胞で頂端面、三次元培養した細胞で基底面でのナノ力学計測が可能になり、それらの比較も行えるようになった。結果としては、頂端面と基底面で似たような細胞表層のナノ形状動態が観測されることがわかった。局所弾性率マッピング計測の結果からは、数時間の周期で細胞表層の弾性率分布が変化する現象が捉えられた。また基底面の弾性率は、がんの悪性度がともに小さくなる傾向も得られた。これは頂端面で得られた結果と似ている。また、細胞表層のナノ形状と弾性率マッピングからそれらの空間的な相関を計算する手法を提案し、この相関マップにより細胞状態を分類できる可能性を示した。
2: おおむね順調に進展している
三次元培養系のでの計測手法を構築することができ、細胞表層ナノ力学計測を長時間にわたって観測することができた。また、細胞表層のナノ形状と弾性率マッピングの空間的な相関を計算する手法を提案し、この相関マップにより細胞状態を分類できる可能性を示すことができたため。
2023年度は細胞塊を完全にコラーゲンゲルに包埋した系の構築を行い、生体中でより自然な形態を維持している細胞試料の計測に取り組む予定である。コラーゲンに包埋した三次元細胞にアクセスするため、現在使用している高速Zスキャナと大きな変位を可能とする広範囲スキャナを組み合わせる。また、2022年度では細胞表層のナノ形状と局所弾性率のスナップショットから細胞状態を分類する画像解析を提案したが、スナップショット間の関係から動的な情報の抽出・解析を試み、細胞表層の物理情報からの細胞状態を分類する手法の開発をさらに進めていく。また、SICMプローブ先端に生じる圧力を可変とする機能拡張を実施する。印加圧力に対するSICM時間信号の変化を調べることで、SICMによる力学計測を、より広範な試料に適応可能とする理論拡張を行う予定である。
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ACS Nano
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