本研究では、シングルセルおよびサブシングルセルレベルの力学挙動を走査型プローブ顕微鏡計測により可視化し、計測された力学挙動と細胞機能との相関を見出すことに挑戦した。着目したのは細胞のごく表層の力学挙動であり、既存の技術では計測が困難な非常に弱い力学応答である。この目的のため、走査型イオン伝導顕微鏡(SICM)を利用し、細胞表層の動的構造変化、および、200 Pa以下程度の非常に柔らかい細胞表層の弾性率を低侵襲かつナノ解像度で同時計測する手法を開発した。本開発手法を、遺伝子的にがんの悪性度を系統的に制御した 8 種類のマウスの腸細胞サンプルに対して適応し、細胞表層のナノ構造や局所弾性率の動的挙動を定量評価した結果、悪性度の変化に伴う系統的な細胞状態の遷移を定量的に示すことに成功した。この結果は、SICMから得られる細胞表層の動的力学構造データと、遺伝子発現解析から得られるような細胞状態の分類手法における相関の一端を示すものであると考えている。更に、2次元培養したシングルセルの表層計測のみならず、3次元培養した多細胞のオルガノイドを計測することにも取り組んだ。培養したオルガノイドをコラーゲンゲルに部分的に包埋することで、オルガノイドの典型的な形状を保ちながらSICMにより長時間計測可能である系を構築することに成功した。また、オルガノイドを用いて、2次元培養では困難な走査型プローブ顕微鏡による細胞基底面に対するナノ力学計測に成功した。細胞基底面表層の様々なナノ構造動態や弾性率ゆらぎを可視化することにも成功した。
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