研究課題
太陽電池や発光材料などの光エレクトロニクス材料における励起子の伝播過程の時空間制御を目的として、2021年度は多重励起型の顕微過渡吸収システムの構築に取り組んだ。フェムト秒オシレーターを光源としてその出力を2つに分け、励起光パルスと観測光パルスとした。励起光パルスは、マイケルソン干渉計を用いてさらに2つのパルスに分割して、時間差が可変な多重励起光パルスとした。これらの励起光パルスは、高NAの対物レンズで薄膜試料に集光照射して、ナノメートルスケールの領域に励起子分布を形成した。後続の観測光パルスは、対物レンズの後焦点面に集光し試料には広視野照明として照射した。試料からの散乱光、反射光を同じ対物レンズで集めて、高速読み出し可能なCMOS検出器で検出した。また、発光性の試料の場合は、任意の時間差をつけた励起光パルスとダンプ光パルスを照射し、残存する励起子からの発光を電子増倍型CCDで検出することにより、発光検出モードの測定も可能とした。さらに、三重項励起子を含めた長寿命の過渡種にも対応できるように、同システムの光源には、繰り返し周波数可変なピコ秒半導体レーザーの出力を導入できるように改良した。一方、試料系については、超分子ポリマーなどの分子集合体を対象に、バルク系の過渡吸収測定や蛍光寿命測定を行い、光照射により生成した励起子の励起状態寿命などの特性評価を行った。様々な励起光強度のもと上記の測定を行うことにより、励起子消滅過程を通じて、アンサンブル平均された情報ではあるが、励起子拡散に関する知見を得た。さらに、分子集合体としてのメゾスケール構造に感度をもつ低波数ラマン顕微鏡も併せて整備して、励起子伝播と試料のモルフォロジーの相関の解明に取り組む環境を整えた。
1: 当初の計画以上に進展している
2021年度は、当初の目標であった多重励起型の顕微過渡吸収システムの構築に加えて、試料系のスクリーニング、電子状態に感度をもつ過渡吸収測定とは相補的な情報を与えるラマン分光顕微鏡を整備することができたため、当初の予想より本研究を進めることができたと考えている。具体的には、多重励起型の顕微過渡吸収システムの構築では、半導体不足の影響をうけ、一部の実験装置や部品の納期が遅くなるなど、遅延はあったものの、無事に計測装置の完成まで漕ぎ着け、2021年度の目標を達成できた。また、研究代表者はこれまでにバルク系の時間分解分光を用いた研究を主として遂行してきたが、今年度の装置開発をへて顕微分光のノウハウを習得することができ、今後より高難度な顕微分光実験を行う下地が整った。さらに、繰り返し周波数が可変なピコ秒半導体レーザーも光源として利用できるように改良を施すことにより、一重項励起子がおもに現れるナノ秒から、三重項励起子や電荷分離状態が残存するマイクロ秒の領域まで、測定可能な時間領域を飛躍的に拡張することができた。これらの長寿命の過渡種は実際的な光応答や光機能に密接に関与する過渡種であり、これらも研究対象にできる点は今後の研究の展開において大きなアドバンテージであると考えられる。さらに、当初は計画していなかったものの、並行してラマン顕微鏡を整備した。とくに、5 cm-1のテラヘルツ領域まで振動モードの検出が可能であり、分子集合体中の励起子伝播や集合構造、モルフォロジーとの相関を主眼とする本研究の推進には、強力な分光ツールとなると考えられる。
今後は、2021年度に構築した多重励起型の顕微過渡吸収システムを用い、顕微鏡下で励起子伝播過程のコヒーレント制御の原理検証を行う。前年度に構築した測定装置には、有機固体薄膜中に生成した励起子を、誘導放出または励起子-励起子消滅を用いて強制失活させるための多重励起光パルスの照射が可能であり、2つの励起光パルスの照射により変調された励起子の空間分布を、後続の観測光パルスを用いて過渡吸収イメージとして、または発光イメージとして撮像する。具体的な試料系としては、励起子拡散長の実空間イメージング測定の研究実績があるペロブスカイト材料やシリコンなどの無機半導体から着手し、続いて本研究の主眼であるルブレン薄膜などの有機半導体に取りかかる予定である。ピコ秒半導体レーザーを光源とすることにより、TADF材料やTTA-UC系において重要となる長寿命の三重項励起子に対しても本研究の手法が適用可能になると期待される。さらに、光照射による励起子を、光の回折限界をこえた数十ナノメートル以下の空間領域に局在化させるために、非共鳴条件の多光子吸収を利用する方法も検討する。具体的には、700-800 nmの近赤外域に大きな2光子吸収断面積をもつジスチリルベンゼンの試料を、再沈法またはボールミルを用いてナノ粒子またはナノ結晶とする。これを励起状態のエネルギーレベルを勘案した上記の有機半導体や導電性ポリマー薄膜の中に分散させた系を作製する。このナノ粒子を2光子吸収により光励起することにより、回折限界で決まる空間分解能よりも狭いナノサイズの領域に、初期の励起子分布を局在化させることが可能となり、その後の有機半導体への励起子移動、拡散を顕微過渡吸収測定または発光イメージングとして追跡することにより、励起子伝播のコヒーレント制御においてさらなるローカライゼーションによる空間分解能の向上が見込まれる。
すべて 2022 2021 その他
すべて 雑誌論文 (8件) (うち査読あり 8件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (18件) (うち国際学会 3件、 招待講演 4件) 備考 (1件)
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