研究課題/領域番号 |
21H01890
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研究機関 | 奈良先端科学技術大学院大学 |
研究代表者 |
香月 浩之 奈良先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 准教授 (10390642)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 振動ポラリトン / 強結合状態 / 超高速分光 |
研究実績の概要 |
振動ポラリトンを効率よく生成するためには、キャビティ光子のエネルギーを分子の振動モードのエネルギーと共鳴させる必要がある。そのためにはキャビティ長をサブμmの精度で調整する必要がある。2021年度には、そのための可変長フローセルの開発を行なった。従来利用されている試料セルとの大きな違いはキャビティ長を決めるスペーサーを使用していないことであり、これによって任意のキャビティ長への調整を、スペーサーを交換することなく行うことが可能となった。このセルを利用し、いくつかの液体試料を用いて実際に強結合状態の観測に成功した。キャビティ長は数μmから30μm以上の距離まで連続的に変えられることを確認し、従来のセルでは不可能であった同じキャビティを使用しつつ異なる次数の光学モードとの結合などを評価することが可能となった。このような技術は今後、化学反応の速度変調効果など振動ポラリトン関連で報告されている事象を詳細に評価する際に有用である。 超強結合状態の目安として、ラビ分裂パラメータが振動エネルギーの10%に到達することが挙げられている。現在、最高で8.9%程度のラビ分裂が観測されており、試料の選定をさらに進めることで超強結合領域への到達を目指す段階である。また、この試料を用いてポンププローブ実験を行うための測定光学系を構築し、非キャビティの試料においてポンププローブ信号の観測とそれに伴う振動緩和寿命の計測などに成功した。今後、ミラーのコーティングの耐久性を上げ、キャビティ試料におけるポンププローブ信号の観測を目指す。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
スペーサを使用しない可変長フローセルの開発については、計画通りほぼ完成し今後の実験で利用できる段階まで到達している。実際にこのセルを用いて角度依存透過スペクトルの測定を行い、金属錯体溶液やイオン液体など複数のサンプルで強結合状態が達成されていることを確認した。イオン液体を使用した場合、C≡N三重結合に由来する2200cm-1周辺に3つの振動モードが観測され、1つのキャビティ光子と3つの振動モードが同時に相互作用するモデルを用いることで、その結果を説明することに成功した。この成果に関連する論文を現在投稿準備中である。今後、さらにキャビティ長の調整を行いやすくした、改良型の可変長フローセルを設計、開発する予定である。超強結合状態の実現へ向けて、現在振動エネルギーのおよそ9%程度のラビ分裂が得られている。試料の選定によって、10%を超える超強結合状態の観測が実現できると期待している。 また、中赤外ポンププローブ分光用の光学系と測定プログラムについては既に開発を完了しており、非キャビティ状態の液体試料において、励起状態吸収、基底状態ブリーチなどの特徴的なシグナルの計測に成功し、励起状態の寿命が数psであることを確認した。これは、今後フェムト秒レーザーを利用したダイナミクスの観測、制御を行なっていく上でも十分な寿命である。一方問題点として、熱蒸着によって作成した金コートミラーにおいて長時間測定を行なっている間にコーティングが剥げてしまう現象が観測されている。この点については、金ミラーの代わりに誘電体を用いたDBRミラーを利用することで改善が可能かどうか今後確認する予定である。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度に作成した可変長セルについて、より使いやすくできるよう改造を行う予定である。キャビティ長を変化させる際に窓板を留めているネジを全て同程度に動かす必要があり、その度にキャビティの平行度が劣化するためにアライメントにかなりの経験と時間が必要であった。この点を改善し、ミラーの平行移動とXY方向のあおりを分離することにより、キャビティの平行度を保持しつつ、キャビティ長のみ変更することがより容易になると期待される。 また、現在の測定で使用しているイオン液体では、C≡N結合領域に3つの振動モードが存在し解析が複雑になっているため、より簡単な構造のイオン液体を利用し、解析を容易にする。現在のイオン液体で超強結合領域にほぼ近い大きさのラビ振動が観測されており、試料を変更することで超強結合領域の実現を目指す。また、可変長セルの利点であるキャビティモード次数の自由な選択を利用して、1つの分子振動モードと複数のキャビティモードが結合している状況を作り出し、通常の強結合の扱いでは無視されている回転波近似によらないハミルトニアンの寄与がどの程度効いているのか、見積もりを行う。 超短パルス実験では、新規設計したDBRミラーを利用して中赤外ポンププローブ実験の実施を試みる。金膜ミラーと比較して膜の密着度が高く、パルスレーザーを集光した場合のミラーダメージを低減できるものと期待している。熱の影響を避けるための試料のサーキュレーションを行った場合に、測定信号のクオリティに影響があるかどうか評価を行う。 この実験と並行して、中赤外光を利用しない、非線形光学過程による新たなダイナミクス計測実験にも挑戦する。既に光学系は完成しており、非キャビティ試料でのシグナル測定に成功している。今後、キャビティ試料を用い測定を試みる予定である。
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