研究課題/領域番号 |
21H01921
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
安倍 学 広島大学, 先進理工系科学研究科(理), 教授 (30273577)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | π単結合 / ジラジカル / マルチラジカル / 脱窒素 |
研究実績の概要 |
分子・物質の機能は,その電子構造と3次元的な形に由来する.我々は,これまでに,平面4配位炭素をもつπ単結合(C-p-C)の創製と,その新奇なπ結合様式が小さなπ電子系にも関わらず,可視~近赤外領域に強い光吸収機能を示すことを明らかにしてきた.本研究では,独自に見出してきたπ単結合化合物を,置換基,分子骨格,並びに媒質効果によって長寿命化/単離し,光物性測定,光電子分光,核磁気共鳴測定,さらには,X線構造解析を行い,その電子構造と分子構造の全貌を明らかにすることを目的として.その基盤研究に加えて,可視光応答性の新物質・π単結合化合物の光応答性,酸化還元活性,多光子吸収活性に関する機能を検証し,太陽電池,発光材料,非線形光学材料などの光に応答する分子素材の開発研究へと展開する.このことにより,未開拓な結合様式を持つ新規な化合物群の物性・機能を明らかにし,秀逸な新しい機能性物質群を世界に提供する.2022年度は,対象分子として、2つのアゾユニットを4枚ずつのベンゼン環で架橋した2AZ-8CPP及び3つのアゾユニットを2枚及び3枚のベンゼン環で架橋した3AZ-8CPPを設計・合成した.それらの光脱窒素反応によって発生したマルチラジカル2DR-8CPP, 3DR-8CPPのスピン状態やキノイド特性を紫外可視吸収スペクトル測定や電子スピン共鳴測,量子化学計算を用いて精査した.2DR-8CPPの電子スピン共鳴測定では、発生したテトララジカル2DR-8CPPは五重項種ではなく、熱励起で存在する三重項種として観測されることが示唆された。量子化学計算から、湾曲構造によって誘起されるベンゼン環4枚を介した弱いスピン相互作用によって、基底一重項になることを明らかにした.直鎖分子では、基底三重項であるため、環状骨格にすることによって基底スピン状態が変化することを明らかにした.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
化学反応性,光応答性,酸化還元活性などの分子の機能を支配する電子構造と分子構造は,構成原子の空間配置を決める化学結合により制御される.例えば,エタン類(CR3―CR3)は,強いσ結合のみで構成されており化学的反応性に乏しい.一方,エチレン類(CR2=CR2)は平面構造の上下に機能発現の源であるπ電子雲が広がり,機能の宝庫とされる.そのHOMO-LUMOギャップが酸化還元活性と光応答性を制御する.このように,原子間の結合様式の相違がもたらす電子構造と分子構造の変化は,分子・物質が本来有する機能に大きく影響を与える.未開拓な結合様式を創製することができれば,新たな物質群を研究現場に提供でき,持続可能な社会の発展につながる新しい物質科学を切り拓くことが出来る.2022年度は,複数のジラジカルユニットを有する大環状マルチラジカル化合物の発生とその電子物性の解明を試行した。環状分子の高い湾曲エネルギーに加えて、アゾ分子が熱に弱いことからその合成は困難を極めたが、適切な前駆体を用いることで合成を達成することができ、その光照射で発生したマルチラジカルの物性調査を行うことが出来た。また、シクロパラフェニレンはC60などのフラーレンと錯形成することが知られていることを元にし、フラーレンのホスト分子として有用な環状アゾ分子の合成も並行して進め、達成することが出来た。これらの実験結果は当初の研究計画通りに進んでいる.
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今後の研究の推進方策 |
室温でのπ単結合化合物の長寿命化:我々は,77-120 Kの低温でのπ単結合種の単離に成功している.室温付近でπ単結合種が単離可能になればより詳細にπ単結合の化学を明らかにすることができる.そこで,嵩高い置換基とマクロ環によるπ単結合化学種の長寿命化を実施する. ・嵩高い置換基効果の検討:π単結合性一重項ジラジカルの寿命はσ結合化合物への環化反応速度で決まる.その際,平面構造のアリール基が近づきσ結合になる.この過程を速度論的に遅くする事が出来れば, π単結合物質の長寿命化が実現できる.そこで,適度な空間を持つ嵩高い置換基としてm-terphenyl基を用い,π単結合化合物の速度論的安定化を諮る. ・分子歪みに基づくストレッチ効果の検討:分子歪効果を利用したπ単結合化合物の長寿命化を実施する.具体的には, π単結合を中員環の骨格内に導入し,π単結合の2つの炭素が分子歪みによるストレッチ効果によって近づけない設計を施した分子を合成する.つまり,2,7-ナフタレンや3,6-フェナントレン等のπ平面ユニットをマクロ環内に導入し,σ結合化合物で生じるπ平面ユニットの歪に基づくπ単結合の速度論的安定化を試みる. ・粘度効果によるπ単結合化学種の長寿命化:上記したように,π単結合はσ結合へと化学変化する.この過程は,置換基の大きな動きを伴う.そこで,π単結合性化合物の寿命に及ぼす置換基と溶媒の粘度効果との相関関係を精査し,π単結合化学種の長寿命化を実現する.粘度効果を精査する上で,反応ダイナミクスに及ぼす溶媒効果の専門家である大賀恭博士と重光保博博士を研究協力者として加え,動的分子運動に及ぼす粘度効果の詳細を明らかにする.具体的には,ほぼ同じ極性を有するが粘度が大きく異なるシクロヘキサンとジシクロヘキシルメチルペンタン中でのπ単結合化合物と嵩高い置換基を持つ場合の寿命に及ぼす粘度効果を精査する.
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