本研究では,独自に見出してきたπ単結合化合物を,置換基,分子骨格,並びに媒質効果によって長寿命化/単離し,その電子構造と分子構造の全貌を明らかにすることを目標に,2023年度も研究を推進した.π単結合を長寿命化し,その化学的性質を明らかにするするためには,一重項ジラジカルの寿命を長くして室温で手に取れるようにする必要がある.これまでの研究では,ベンゼン環状の置換基効果である程度は寿命を延ばすことができたが,根本的な解決にはつながらなかった.通常エネルギー的には,σ結合の方が安定であるので,π単結合の方を安定にできれば,長寿命のπ単結合化学種を得ることができる.そこで,ストレッチ効果というσ結合ができないように,平面骨格を有するマクロ環によって二つのラジカル炭素を引っ張る分子デザインを創起した.まず,量子化学計算を行ってみると,マクロ環内に平面ナフチル基をもつジラジカルとその環化体のエネルギー差がほぼ無いことが判明した.そのジラジカルが実験的に発生できれば,長寿命のπ単結合化学種を発生することができる.前駆体であるアゾ化合物の合成に成功し,355 nmのレーザー照射による過渡吸収スペクトルを測定すると,室温で260 ミリ秒程度の寿命をもった過渡種を観測した.興味深いことに,最終生成物はσ結合した環化体ではなく,メトキシ基が転位した生成物であった.また,奇妙なことにその過渡種の寿命は温度に影響がなかった.その原因を究明するために,まず,過渡吸収分光装置のモニター光の強度依存性を調べた.その結果,モニター強度を変化させるとπ単結合化合物の寿命が変化することを見いだした.モニター光を弱くすると,20℃で,約4秒以上の寿命を有していることが判明した.つまり,π単結合化学種は光反応性に富んでおり,容易に結合開裂して転位生成物を与えることが判明した.
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