研究課題/領域番号 |
21H01922
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研究機関 | 関西学院大学 |
研究代表者 |
羽村 季之 関西学院大学, 生命環境学部, 教授 (20323785)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 高次ポリアセン / ハロゲン化ヘキサセン / キノジメタン / シクロブタアレーン / ピラシレン / 反芳香族分子 / アセノファン / 面不斉 |
研究実績の概要 |
本研究では独自に開発した分子変換手法を用いて、従来合成が困難であった高次ポリアセンやユニークなπ共役構造を有する新規ポリアセン系分子の合成に取り組み、新しい物性・機能の開拓を通じて機能性分子創成への展開を図ることを目的としている。 本年は、昨年度に引き続きペリ位に置換基を持たない無置換型の高次ポリアセンの化学合成に取り組んだ。具体的には、キノジメタンを合成ブロックとする新規合成法の開発を検討した。その結果、シクロブタアレーンを加熱して発生するキノジメタンとエポキシアセンとの環化付加反応によってポリアセン骨格を構築した後、ボールミルを用いた固体酸による脱水・芳香族化によって、ハロゲン化ヘキサセンの合成を行うことができた。この合成法では出発物質の芳香環や四員環上に種々の置換基を導入できるため、ポリアセン骨格の任意の位置に置換基を持つ多官能性ポリアセンへのアプローチが可能な点で合成的に有用である。 また、ポリアセン骨格に反芳香族性部位としてピラシレン部位を有する新規ポリアセン系分子の合成を試みた。具体的には、テトラアルキニルアセンのアセン骨格の上下方向で[2+2+2]環化付加反応を試みた結果、テトラセン、ペンタセンおよびヘキサセンを母骨格とするπ拡張型ピラシレンの合成を行うことができた。この分子は反芳香族部位の導入によるバンドギャップの減少に加えて、広いπ平面を利用した効果的なπスタッキングが見込まれるため、有機半導体材料への応用が期待できる。 さらに、高次アセノファンの合成を指向した置換ポリアセンの位置選択的合成に関連して、末端アルケニル基を有する非対称型イソベンゾフランを効率的に発生する手法を開発した。また、この知見を活用して炭素数16のアンサ鎖を有する (5,11) テトラセノファンの合成に成功し、この分子の立体化学挙動を解明した結果、面不斉を有することが明らかになった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ペリ位に置換基を持たない無置換型の高次ポリアセンの合成の成否を握るのはポリアセン骨格の効率的な構築と最終段階の芳香族化である。これは高次骨格を構築する一般性の高い方法が依然として欠如していることに加えて、ポリアセンが溶液中で光酸化・光二量化を受け易いことが原因である。そのため、ポリアセン前駆体の設計と精製を含む芳香族化の条件の探索が鍵となる。このような背景の下、キノジメタンの環化付加反応と固相中での芳香族化を利用したアプローチは、前駆体の酸化度を適切に調整することによって固体酸を用いた単縦な脱水・芳香族化の条件で最終物に変換できること、また、溶液中で不安定なポリアセンを固体のまま取り扱えること、さらに難溶性のために溶液系での扱いが困難な基質にも利用できることから、無置換型の高次ポリアセンを合成するための優れた方法である。 また、ジアルキニルイソベンゾフランの環化付加反応を鍵としてペリ位に四つのアルキニル基を有するπ拡張型ポリアセンの合成が可能であることを既に見出しているが、近接したアルキニル基を足掛かりとしたベンゼン環構築反応を利用して、新たにピラシレン骨格を有するポリアセンの合成が可能になった。この分子は光酸化耐性に優れ、反芳香族的性質とポリアセンの性質を合わせ持つことから、ハイブリッド型芳香族分子としてユニークな物性・機能を潜在しており、機能性材料創成への応用・展開が期待できる。 芳香族ケト-アルコールの酸性での分子内環化によるイソベンゾフラン発生法をアルケニル基やアルキル基を有する非対称型分子にも応用し、複数の長鎖アルケニル基を有する置換ポリアセンを合成することができた。さらに、これの分子内閉環メタセシス反応を用いてテトラセノファンの合成を達成した。この方法ではアンサ鎖長を自在に調整できるため、アセン構造のねじれの誘起に伴う各種物性のチューニングが期待できる。
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今後の研究の推進方策 |
本研究で開拓したキノイド型合成ブロックの反応集積化によって縮環数を精密に制御した高次ポリアセン前駆体を合成し、開発した手法を用いてヘキサセンよりも縮環数の大きな高次ポリアセンの系統的合成を試みる。最近合成が報告された無置換型のヘプタセンに関しては、その性質が未解明な部分が多いため、ヘプタセン、オクタセン、ノナセンを中心に全合成に挑む。単離・精製した化合物のX線結晶構造解析による三次元構造の解明に注力するとともに、開殻性を含む電子構造の解明を目指す。 また、ポリアセンを二つのアンサ鎖で架橋した被覆型ポリアセン(アセノファン)の合成も行う。この合成のポイントは、ポリアセンの上下の面を二つのアンサ鎖で被覆し、ポリアセンを速度論的に安定化させることである。特に、光酸化・光二量化を受け易い部位を複数のアンサ鎖で連結することによって分解反応を抑制できるため、ポリアセンを安定化するための新たなアプローチとして有望である。このポリアセンの被覆化は、ポリアセンを機能化する際にしばしば問題となる凝集を制御できるため、機能性材料への新たな利用・展開が期待できる。具体的には、今年度に開発した非対称型イソベンゾフランの発生を基盤とする環形成反応を活用したポリアセン骨格の構築と二重分子内閉環メタセシス反応によるアンサ鎖の構築を検討する。 さらに、反芳香族部位としてピラシレン部位を有する新規ポリアセンの合成を検討する。既にテトラアルキニルアセンの近接π空間を利用したベンゼン環構築反応によりπ拡張型ピラシレンの合成が可能であることを見出している。そこで、この方法を高次ポリアセンに応用・展開し、高度にベンゼン環が縮環した巨大π電子系の創製を図る。現状、ピラシレン系分子の合成は単純な分子構造に限定されており、多様な分子構造の構築を通じて、特徴的なπ共役構造に起因する反応性・物性の解明を重層的に行う。
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