本年度は,薄膜試料の合成と基礎物性の評価に注力し,溶液中の酸化還元反応によって前周期遷移金属酸化物の準安定相が得られる合成条件の範囲を明らかにすることを目的とした。パルスレーザ堆積法により,種々の基板上にLiNbO2やLiV2O4などの薄膜をエピタキシャル成長することにより,原料ターゲット中の過剰リチウム量や薄膜合成中のガス種・圧力が,得られた薄膜の組成,結晶構造,表面形状に対してどのように影響するか詳しく調べた。また,得られた薄膜を種々の溶液や電解質に浸漬し,リチウムをトポタクティックに脱離・挿入させる酸化還元反応の条件を検討した。LiNbO2に対して,高温の濃硝酸を用いると,薄膜中のリチウムをほぼ完全に取り除いたNbO2相が得られた。この結晶相は、p型透明導電性と超伝導を示すLi1-xNbO2の母相と考えられ,構造的に現在注目を集めている二次元物質MoS2と同じであることから,その基礎物性には興味が持たれる。LiV2O4薄膜については,電気化学セルを用いてリチウムを挿入し,極低温下における抵抗率の温度依存性を測定した。温度の二乗に比例して抵抗率が変化するフェルミ液体理論のモデルに従って電子相関の強さを解析した。その結果,リチウム組成の増加とともに電子相関の度合いが増加し,Li+xV2O4がこれまでに知られている遷移金属酸化物の中では最大の電子相関を示すことを明らかにした。このことはバルク体を用いた先行研究では明らかにされておらず,エピタキシャル成長した薄膜状の試料と電気化学セルを用いて初めて明らかにされた成果である。
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