研究課題/領域番号 |
21H02038
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研究機関 | 千葉大学 |
研究代表者 |
大窪 貴洋 千葉大学, 大学院工学研究院, 准教授 (50534541)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 核双極子相互作用 / 固体NMR / 時間ゆらぎ / 固体電解質 / 分子動力学計算 |
研究実績の概要 |
高いイオン伝導度を示す無機固体電解質の開発が活発に行われ,結晶構造に基づく静電的相互作用や空隙サイズのような静的な原子配列に基づいたイオン伝導機構が論じられている。このような静的な構造に加えて時間的に変化する互作用(時間ゆらぎ)が伝導特性と関係すると考え、核磁気共鳴実験により時間ゆらぎする相互作用の観察と分子シミュレーションによる実験データを解釈を行った。核磁気共鳴実験では、核間距離を反映する核双極子相互作用に着目し、これを観察するためのパルスシーケンスの整備と解析コードの整備を行った。分子シミュレーションによる解析では、対象材料の大規模分子シミュレーションが行えるよう第一原理計算を再現する古典分子動力学計算用の力場を開発した。 力場パラメータは、大域的最適解を得るために差分進化法を用いて最適化した。ポテンシャル関数には、原子間の結合距離、結合角、および二面角等を変数にもつClass II(COMPASS)ポテンシャルと、Stillinger-Weberポテンシャルの3体項を組み合わせて用いた。これに加え、ユニット間の電荷比を保ったまま原子の部分電荷の最適化を行うことで、実験的に観測されたユニット比に基づいて溶融急冷によりガラス構造を作製することが可能となった。3体ポテンシャルは相互作用の精度向上を目的として用いた。次に、最適化した力場パラメータの検証として約8000原子の分子動力学計算を行い、実験またはAIMDで得られた格子定数、動径分布関数、構造因子および導電率等について比較した。検証データには力場パラメータの開発で用いた6つの化合物に加え、新たに硫化物ガラスを用いた。検証結果、結晶・ガラス構造およびイオン伝導度を開発した力場を用いた分子動力学でよく再現できることを確認した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
力場パラメータの最適化に用いるデータセットは、代表的な硫化物材料であるβ-Li3PS4、γ-Li3PS4、 Li4P2S6、Li7P3S11 および Li7PS6 結晶とガラスの第一原理分子動力学計算により生成した。力場パラメータの最適化は、Class IIポテンシャルと3体ポテンシャルの関数形を用い、原子にはたらく力、応力、およびポテンシャルエネルギーを計算して第一原理計算を再現するよう最適化した。数千原子の分子動力学計算により力場の検証を行ったところ、最適化されたパラメータは、結晶およびガラスの構造だけでなく、Li イオンのダイナミクスも再現できることがわかった。例えば、Li7P3S11 結晶のイオン伝導度は、化学量論的に組成が等しいガラスのイオン伝導度の約5倍で実験結果をよく再現した。これらの結果に基づき、各時間ステップでのLiイオンの電導パスとホスト構造の関係をシミュレーションした。 NMR実験による観測では、同組成で導電率が大きくことなる硫化物結晶について、Rotational-echo double-resonance(REDOR)実験を行った。モデルサンプルとしてイオン伝導度の大きく異る2つの相の硫化物結晶を準備して実験を行い、信号強度の解析から31Pと6Li間に働く磁気双極子相互作用を評価した。その結果、イオン伝導度を反映して、磁気双極子相互作用が2つのサンプルで大きく変化することを確認した。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度までに観測・シミュレーションした硫化物系固体電解質について解析をすすめる。観測した磁気双極子相互作用は、原子の運動による時間ゆらぎの影響を受けていることから、シミュレーションから得られている原子周り構造と運動に基づいて、観測した実験データを説明する。これにより、相互作用とイオン伝導の関係を明らかにする。実験データの充実を目的に、イオンの自己拡散係数を磁場勾配NMRを用いて観測する。これにより観測される自己拡散係数とイオン伝導度の関係を整理するとともに、観測した時期双極子相互作用との関係を整理する。 また、本研究で開発した解析を新しい材料に展開する。具体的には、硫化物固体電解質に原子置換を施した材料を合成し、固体NMRによる時期双極子相互作用の観測とシミュレーションよる実験データの解釈を行う。一部の材料は、すでに合成を終えてイオン伝導度やX線回折データ等の基本的な構造と物性測定を終えている。これら材料を用いて、相互作用の時間ゆらぎに基づいたイオン伝導機構の深化を図る。
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