研究実績の概要 |
“悪臭”と形容される匂いを足すと、それまでの香りよりも遥かに良い香りに変わることがある。このように匂いが、香りのエンハンサーとして機能している例はいくつも知られているが、その具体的なメカニズムは明らかになっていない。 鼻腔内に取り込まれた匂い分子は、嗅上皮に存在する嗅神経細胞によって認識される。従来、嗅神経細胞の混合臭に対する応答は、個々の匂い成分に対する応答の線形的な足し算になると考えられてきた。しかし近年、申請者らによって、応答が相乗的に増強される場合があることが分かってきている(Inagaki et al., Cell Rep, 2020)。この嗅神経細胞における相乗効果が、香りのエンハンサーの基盤となっていると考えられる。 そこで申請者は、相乗効果の機構を明らかにするため、嗅神経細胞に発現する嗅覚受容体と匂い分子の相互作用に着目した。嗅神経細胞は、ヒトの場合約350種類、マウスの場合約1000種類の中から、ただ一種類の嗅覚受容体を発現する。従来、嗅神経細胞の応答は、嗅覚受容体のリガンド結合部位と、匂い分子の相互作用によって決定されると考えられてきた。ところが本研究において、in vivoカルシウムイメージングを用い、マウス嗅神経細胞の濃度応答曲線を作成したところ、一部の非アゴニストについて、正のアロステリック効果を示すことが分かった。さらに、炭素鎖長の異なる非アゴニストは、異なる様式で嗅神経細胞の応答を増強することが分かった。このことから、嗅覚受容体にはアロステリックサイトが存在し、匂い分子に対する結合特異性があることが示唆された。
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