研究課題
本研究では機能性脂質の一種である共役リノール酸 (CLA) をツールに、脂肪組織での『低酸素ストレス抑制』を新たな生活習慣病予防法として確立することを目的に実施した。具体的な仮説として、CLAが脂肪細胞において低酸素状態でも細胞内酸素濃度を下げない、あるいはCLAが脂肪細胞において低酸素ストレスを抑制するように代謝系を変化させるという2つを想定した。これらの仮説に基づき、本年度は脂肪細胞を用いた細胞レベルの試験と高脂肪食摂取による肥満モデル動物を用いた代謝試験を実施した。細胞レベルの試験では、マウス線維芽細胞株である3T3-L1細胞を脂肪細胞に分化成熟後、1%及び20%酸素濃度条件下で細胞内代謝物の変化についてDirect-injection electron ionization-mass spectrometry (DI-EI-MS)を用いて解析を試みた。DI-EI-MS解析に向けた細胞内代謝物の前処理条件を決定後、細胞内代謝物に由来するMSピークの解析を網羅的に実施した。現時点で、低酸素処理によって具体的に変化が現れるMSピークの特定に至っておらず、多変量解析を用いたデータ処理を開始したところである。動物試験においては1%CLA投与で1週間マウスを飼育し、脂肪組織内の代謝物を網羅的に解析した。その結果、PCA解析ではCLA投与による明瞭な代謝物パターンの変化は認められなかったが、OPLS解析ではCLA投与によって代謝物パターンに明確な違いを認めた。興味深いことにCLA投与によって14の代謝物レベルが有意に上昇したが、有意な減少を認めたものは存在しなかった。このうち、マレイン酸、コハク酸はTCA回路の中間体であり、今後、低酸素応答との関連を進めていく予定である。
2: おおむね順調に進展している
本研究は計画全体をA-Dの4項目に分けて設定をしており、当初の予定では前半2項目のA,Bを本年度の実施計画に組み込んでいた。本年度の成果として、Aに計画した細胞内酸素濃度のリアルタイム測定に関して、実験系の確立が十分に進まず成果としては不十分なものであった。一方で、項目Bに関しては共役リノール酸による代謝物変化に関する具体的な情報が得られたことから、これらの代謝物の持つ生理的意義に踏み込む展開に持ち込むことができた。この内容は当初の計画を上回っている。また、次年度以降に実施予定であった動物レベルでの代謝物変化に関する情報も得られており、この点に関しても当初の計画予定を上回っている。以上の点を総括して、計画全体は順調に進展していると判断した。
現在までの進捗状況に記載した通り、項目A-DのうちAが不十分であったため、細胞レベルでの酸素消費を含めたリアルタイム代謝解析について、実験条件を十分に確立したのちCLAの効果について検証を速やかに開始し、『CLAが低酸素条件でも細胞内の酸素レベルを低下させない』という仮説について評価を進める。項目BについてはCLAが特定の代謝物レベルを大きく変化させることを明らかとできたため、それぞれの代謝物レベルの変化がCLAの生理機能を説明できるか、細胞レベルで検証したい。細胞レベルでのCLAの作用については脂肪細胞への脂質蓄積、アディポカイン産生などの機能的プロファイルを指標に実施する。また、これらの点を踏まえてCLAの構造的な特異性を立証するため、構造類似物を用いて同様の評価を実施する。ここで構造類似物とはCLAの種々異性体、CLA以外の共役脂肪酸、非共役型脂肪酸を対象として用い、脂肪酸の鎖長、二重結合数を指標とした構造活性相関に注目したい。また、初年度実施した動物試験が短期的な投与試験であったため、CLAによって変化した代謝物にも注目しながらCLAの長期的な投与が代謝変化に与える作用についても検証を進めたい。
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