研究課題/領域番号 |
21H02156
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
橋本 渉 京都大学, 農学研究科, 教授 (30273519)
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研究分担者 |
三上 文三 京都大学, 生存圏研究所, 研究員 (40135611)
渡辺 大輔 奈良先端科学技術大学院大学, 先端科学技術研究科, 准教授 (30527148) [辞退]
高瀬 隆一 京都大学, 農学研究科, 助教 (10842156)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 微生物叢 / ムチン / グリコサミノグリカン / 常在機構 / 膜小胞 / プロバイオティクス |
研究実績の概要 |
ヒトを含む動物は、組織の骨格形成や維持等のため、種々の粘液物質(糖タンパク質ムチンや多糖グリコサミノグリカンGAG等)を分泌する。これらの粘液物質は常在細菌にとって格好の栄養素である。本研究では、主要な腸内優占菌(BacteroidesとStreptococcus属細菌)に焦点を当て、その優占性を示す要因を細菌と動物宿主の両者の観点から解析し、相利共生機構を明らかにすることを目指す。今年度は以下の成果を得た。 ヒト糞便には脱落した腸管上皮細胞が含まれるため、その粘液物質を定量したところ、ヒト糞便には約0.1%の硫酸化GAGが存在することがわかった。したがって、腸管は、腸内細菌が粘液物質を利用できる環境にあることが示された。 ムチンを単一炭素源とする最少培地で腸内細菌叢(糞便サンプル)を培養し、その培養菌体について菌叢を解析した。その結果、Bacteroidesを含む多様な細菌が共存していたことから、コアタンパク質に種々の糖鎖が付加したムチンの分解・資化には多様な細菌群が協調的に作用することが示唆された。 腸内優占Bacteroides属細菌について、約30種を調べた内、約20種以上が粘液物質(ムチンまたはGAG)を資化することを見いだしている。Bacteroides属細菌の粘液物質資化性の普遍性を調べるため、新たに25種について粘液物質の分解・資化性を評価した。その結果、ハローアッセイ法によりGAG分解性を示す種が確認されるとともに、半数以上が粘液物質を炭素源として資化することがわかった。 Bacteroides thetaiotaomicronが菌体外に分泌する膜小胞を超遠心分離法により単離し、そのプロテオーム解析を行ったところ、GAG分解酵素が含まれていることが明らかになった。 以上のことから、Bacteroides属細菌の腸内優占性と粘液物質資化性との相関が強く示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
粘液物質の主要成分であるグリコサミノグリカンGAGに関して、糞便サンプルに硫酸化GAGが存在することが認められ、その濃度でBacteroides属細菌が十分に生育することが示されている。したがって、宿主の食事に由来することなく、腸管上皮細胞から分泌される粘液物質は恒常的に腸管内に存在することが実証された。これまでに解析した種を含めて50種を超えるBacteroides属細菌を対象として、粘液物質(GAG)を炭素源とする最少培地での生育を評価したところ、半数以上が粘液物質資化性を示すことが明らかになった。実際に、先行研究により、GAGの一種であるヒアルロン酸の最少培地では、ヒト腸内細菌叢はBacteroides属細菌を最優占とすることを見いだしている。さらに、GAG分解に関して、Bacteroides属細菌がGAG分解酵素を含有する膜小胞を分泌し、膜小胞依存的な新たなGAG分解機構をもつことが示唆された。 粘液物質のもう一つの主要成分であるムチンに関して、ムチン最少培地での腸内細菌叢の変動結果から、GAGと比較して複雑な構造を示すムチンの分解にはBacteroides属細菌を含む多様な細菌群の協調作用が必要であることが示唆された。一方、50種を超えるBacteroides属細菌を対象としたムチン最少培地の生育評価から、Bacteroides属細菌の多くは、GAG同様、ムチン資化性を示すことが明らかになった。 これらの結果は、腸内細菌叢における腸内優占性と粘液物質(ムチンとGAG)資化性との相関を強く示唆する重要な知見であり、腸内細菌叢の形成機構を解明する基盤的成果であると期待される。
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今後の研究の推進方策 |
主要なヒト腸内優占菌(BacteroidesとStreptococcus属細菌)に焦点を当て、その優占性を示す要因を細菌と動物宿主の両者の観点から解析し、相利共生機構を明らかにすることを目指すため、以下の方策で本研究を推進する。 Bacteroides属細菌が腸管上皮細胞から分泌される粘液物質を資化できることがわかったため、その資化機構を明らかにする。具体的にはBacteroides属細菌による粘液物質GAGの代謝に関わる酵素を分子同定する。既に、Streptococcus属細菌のGAG代謝酵素の実体とその構造機能相関を明らかにしている。そこで、GAGを主要炭素源とする最少培地でBacteroides属細菌を培養し、培養菌体における遺伝子発現をRNAseqにより網羅的に解析する。遺伝子発現解析の結果と連鎖球菌で明らかにした代謝酵素に基づいて、Bacteroides属細菌における当該酵素を同定する。その酵素学的性質と細胞内局在性を明らかにし、X線結晶構造解析により代謝酵素の立体構造を決定する。 腸内優占菌の一種である連鎖球菌(Streptococcus)は、口腔内や膣内等の他の組織にも常在しており、無菌と判断される子宮内でも個人によっては常在性の可能性が指摘されている。そこで、粘液物質を分解・資化の標的とする各組織の細菌群を明らかにする。 膜小胞を介した腸内優占菌の生存戦略を明らかにするため、腸内優占菌の膜小胞の生理機能を調べる。具体的には、膜小胞の添加の有無による腸内優占菌の増殖効果を解析するとともに、蛍光標識により膜小胞の動態を解析する。 ヒトと腸内優占菌との間の相利共生機構を明らかにするため、粘液物質を介した腸内優占菌とヒト腸管細胞との相利共生関係を解析する。具体的には、粘液物質を資化する腸内優占菌から代謝分泌される物質でヒト腸管細胞の増殖促進効果を調べる。
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