研究課題
博物館等で膨大に蓄積された昆虫標本、特に翅形・斑紋の地理的変異が見られる絶滅危惧種(ギフチョウ等)の標本を用いて超並列シーケンシングにより過去平均50年、最大100年の遺伝学的変遷を集団ゲノム学的に復元し、各地域集団の固有性・遺伝構造と時系列的な遺伝的多様性変化を明らかにするとともに、得られた遺伝情報と深層学習による翅の画像認識から放蝶やノーラベルのような由来不明の標本の時空間情報が推定できる可能性を検証した。また、GISデータを重ねて過去から現在までの環境情報を経年的に復元し、各地域・時期における遺伝的多様性変化や絶滅・減少を招いた要因を解明することも目的とした。本研究の主体である絶滅危惧チョウ類の集団遺伝解析・深層学習による画像認識・GISデータによる空間相関解析の3つのうち、集団遺伝解析では、標本のデータベース化を進めて選別しやすくした他、想定していた50集団中の1/3程度のサンプルから脚部を採取してDNA抽出を行ない、その内の一部の解析を行なった。深層学習による画像認識では、計2,582個体のデータを活用し、深層学習に基づく画像認識技術を応用して斑紋の画像を定量的な分類を行うとともに、本種の地域変異が対応すると考えられる食草各種とチョウの斑紋との関連性を考察した。産地、性別、食草のラベル情報を付与した画像認識データセットを活用してMulti-task ABNにより食草分類を行った結果、ある特定の種に対しては約98%の分類精度が得られ、その有効性が確認できた。また、高精度で分類された時のAttention mapを可視化することで、斑紋の一部分に着目して分類していることが分かった。GISデータによる空間相関解析では、標本のラベルデータと食草分布に関する情報を必要量の半分程度をインプットした段階にあり、今後はさらに追加していくことで解析を進める予定である。
3: やや遅れている
集団遺伝解析に関しては20%程度の達成度である。コロナ禍や世界情勢による影響から解析を効率良く進めるための超微量分光光度計やDNA濃度測定機、高性能サーマルサイクラーなどの高額精密機器の購入が長くできず、思うように実験が進められなかった。また、他県や他施設への移動の制限もあったことから、サンプルの収集や採取が滞り、DNA抽出やPCR等の実験にも大きな遅延が生じた。深層学習による画像認識に関しては80%ほどの達成度である。学習データと評価データを含むある程度の画像認識データセットを作成することができた。また、これらのデータに基づいて翅型・斑紋によるチョウの地理的変異と食草各種との関連性を考察して、その有効性も示すことができ、成果の一部も発表することができた。その一方で、地域によりデータに隔たりが見られ、特に西日本産の標本のデータが不足していて、一部で綺麗な結果として示せない課題も見えている。GISデータによる空間相関解析では60%ほどの達成度である。主に標本のラベルデータと食草分布に関する情報をインプットする作業に取り組んだが、コロナ禍による施設内での謝金雇用者の制限が続いていたため、想定よりもデータ入力に遅れが生じてしまっている。
集団遺伝解析については、超微量分光光度計やDNA濃度測定機、高性能サーマルサイクラーなどの高額精密機器が令和4年度末になってようやく納入されたため、今後はこれらの遅れをなるべく早く取り戻すべく、遺伝子実験およびそれらに基づいた解析を進めるよう努力する。また、引き続き必要な標本のデータベース化を進めながら、カバーしきれなかった重要な研究材料の収集等に重点を置く。深層学習による画像認識については、今回用いたデータセットでは中部・東海地方の産地が多く、この地域での精度は極めて高かったが、それ以外の地域における精度はやや低かった。そのために不足している産地データを増やして全体的にバランスを合わせることが解決策として考えられた。また、雌雄で翅型・斑紋も異なることから、それぞれ別の条件で解析するつもりである。GISデータによる空間相関解析では、これまでに気候、地形、標高、植生、開発、土地利用等の環境情報は概ねインプットされている他、本研究がスタートしてからは標本データと食草分布に力を注いできたが、まだシカ食害に関するデータが入れられていないことから、現在のシカ分布をデータとして組み込むことにより、環境情報に関するデータの充実を図る。ここまでの成果を学会等で発表するとともに、一部のデータに関しては論文執筆等を進める。さらに代表者が所属する博物館にて開催予定の展示において研究成果の一部を発表することで、本成果を社会に広く公開発信する。
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