本研究は、受精後の個体形成において翻訳制御が果たす役割と、これら一連の生命現象における翻訳制御システムの原理の解明を目的とする。昨年度までに、pou5f3 mRNAの3'末端が削除される現象と翻訳活性化の関係を解析し、3'末端配列の短縮によってmRNAの翻訳が活性化することを示した。本年度は、3'末端の削除によるmRNAの翻訳制御が受精後の発生においてどのような意義を持つのか、さらに、どのようなメカニズムで翻訳が制御されるのかを解析した。初めに、ゲノム編集技術によってpou5f3遺伝子の3'末端配列に変異を導入した。24塩基と7塩基の配列が挿入されたゼブラフィッシュ系統を作出し、変異をホモ2倍体に持つ受精卵の発生を解析した。その結果、どちらの系統においてもpou5f3 mRNAの3'末端が受精卵で短縮され、タンパク質が過剰に合成されていた。これら変異体胚は原腸形成の進行に大きな遅れを見せ、胚致死となった。次に、末端配列に相補的なモルフォリノ・オリゴヌクレオチドで3'末端の短縮を阻害した。その結果、pou5f3 mRNAの翻訳はほぼ完全に阻害され、これらの胚は異常な原腸形成の進行と発生の停止を示した。次に、3'末端の短縮がどのように翻訳を活性化するのかを明らかにするため、短縮前の長い3'UTRと短縮された短い3'UTRのそれぞれに結合するタンパク質を質量分析で網羅的に同定した。どちらかに結合する数種類のタンパク質の機能を解析した結果、3'末端の短縮は翻訳の抑制と活性化のそれぞれに働くタンパク質を入れ替える分子スイッチとして機能することが示唆された。さらに、受精卵で発現する約600種類のmRNAの3'末端の変化を解析し、40%以上のmRNAにおいて3'末端が卵割期に短縮されることを明らかとした。以上の結果から、受精後の発生を進行させる新たな分子機構を見出すことに成功した。
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