研究課題
細胞内の分子クラウディング環境は,蛋白質の生物活性のみならず,その立体構造やダイナミクスにも影響を与える.本研究ではin-cell NMR解析の手法を用いて,細胞中蛋白質動態の詳細な理解を目指す.真核細胞内での,(1)蛋白質の立体構造・ダイナミクス,(2)マルチドメイン蛋白質のドメイン間相互作用,(3)蛋白質間相互作用,を解析するためには,in-cell NMR測定の様々な要素技術の高度化が必須である.実際に解析する試料としては,NMR解析のモデル試料蛋白質に加えて,MAPK経路の蛋白質群などを用いる.In-cell NMRによって得られた立体構造,ダイナミクス,フォールディング安定性,蛋白質間相互作用を解析することで,細胞内分子クラウディング環境の普遍的な理解に挑戦する.2021年の研究業績の概要は以下の通り.「細胞内蛋白質の立体構造・ダイナミクスの解析」については,圧縮センシングを用いることで,良好な4D NMRデータが数時間で再構成できることを確認した.また,改良したバイオリアクター装置を用いたより簡便で堅牢なシステムの構築を行った.「細胞内マルチドメイン蛋白質のドメイン間相互作用の解析」については,常磁性NMR情報を効率よく利用した,ベイズ推定法を用いたPCS/PRE情報からの蛋白質立体構造計算手法の開発を進めた.また本手法を用いて,MAPK経路に存在するヒトGRB2をはじめとしたいくつか蛋白質について,ドメイン間相対配置の決定に成功した.「細胞内蛋白質間相互作用の解析」については,クラウディング環境下で蛋白質間相互作用をとらえるための方法論的研究を進めた.上記GRB2とSOS1蛋白質の系などをモデル試料として解析を行い,この際に形成される液液相分離(LLPS)についても解析を行った.
2: おおむね順調に進展している
本研究では,溶液NMRの手法を用いて細胞中蛋白質動態の詳細な理解を目指すという目標に従って研究を進めている.2021年度は当初計画に従って以下のように研究を進めた.本研究では,要素技術開発とそれらを用いた応用実証研究の2つの側面があるが,要素技術研究では,圧縮センシングを用いた正確性の高い多次元NMRスペクトルの再構成法,バイオリアクターを用いた安定したin-cell NMR測定法,ベイズ推定法を用いたPCS/PRE情報からの蛋白質立体構造計算手法などの開発で,顕著な進展があった.また,新しい要素技術を用いた応用研究においても,(ヒト細胞のin-cell NMR解析で通常用いられる)HeLa細胞に加えて,疾病の背景を持つ種々の培養細胞を用いた解析を行い,生物学的にも意義のある成果を得た.さらに,GRB2とSOS1の混合によるLLPS形成を確認するなど,次年度につながる興味深い結果を得ている.以上のことから,本研究は全体としておおむね順調に進展していると考えられる.
今後は,計画の修正を適宜行いつつ研究を継続し,(1)細胞内蛋白質の立体構造・ダイナミクスの解析,(2)細胞内マルチドメイン蛋白質のドメイン間相互作用の解析,(3)細胞内蛋白質間相互作用の解析,についての研究を進めていく.(1)については,情報科学を駆使した自動NMRデータ解析と高精度自動立体構造解析法の開発について,ベイズ推定を用いた新しい構造計算法の開発に注力していく.また,GTP結合型RASの動的構造多形性に対する細胞内分子クラウディング環境の影響の解析も進める.(2)については,手法の開発を継続するとともに,いくつかの試料について真核細胞内でin-cell NMR測定を行い,細胞内分子クラウディング下でのドメイン間相対配置の決定を行う.(3)については,ランタノイド金属結合タグを用いた細胞内蛋白質のin-cell NMR解析を試み,細胞内の蛋白質間相互作用と,複合体中でのそれぞれの蛋白質の相対的配置を特異的に,詳細に観測することを目指す.
すべて 2021 その他
すべて 国際共同研究 (3件) 雑誌論文 (4件) (うち国際共著 1件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 4件) 学会発表 (10件) (うち国際学会 3件、 招待講演 2件)
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