研究課題/領域番号 |
21H02556
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
千葉 聡 東北大学, 東北アジア研究センター, 教授 (10236812)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 陸貝 / 巻き方 / 種分化 |
研究実績の概要 |
陸産貝類のヒダリマキマイマイを対象として、体の左右の非対称性の進化を生じるプロセスと、その種分化との関係について明らかにするために、遺伝的、生態学的、生理学的な研究を行った。 東北地方におけるヒダリマキマイマイ(左巻き)とその右巻きの個体であるアオモリマイマイについて、生殖的隔離の有無が地域ごとにどのように変わるかを調べるため、全域にわたって両者の分布と生息位置を調べ、右巻きと左巻き個体の、共存の状況を極めて細かい空間スケールで記録した。その結果、完全に共存している地域は少なく、多くは側所的な分布が見られた。 Rad-seq解析による遺伝子解析を行い、集団動態推定を行った。その結果、東北地方の一部の地域では、共存するヒダリマキマイマイとアオモリマイマイの間にほぼ完全な生殖的隔離が存在していたが、別の地域では、共存するこれら左巻きと右巻きの個体間で十分な遺伝的交流があり、任意交配からの有意なずれが認められない集団があった。それ以外の地域では、遺伝的交流のレベルは部分的であり、不完全な生殖的隔離が維持されていると考えられた。 ヒダリマキマイマイとアオモリマイマイの交尾により、正常な受精が行われるかどうかを調べるため、その準備としてヒダリマキマイマイの正常な交尾によって起きる雌器官内での精苞の移動と分解の過程を調べるための実験系を確立した。そして交尾実験と解剖学的、生理学的にそのプロセスを明らかにした。また左巻き同士の恋矢による操作の機能により、死亡率がどのように高まるのかを明らかにした。これは右巻きのアオモリマイマイとの交尾ではこれらの機能が変化するという仮説を検証するための重要な基礎となる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は徹底的な分布調査と、ヒダリマキマイマイとアオモリマイマイの野外での関係を明らかにするため時間を取ったが、これまでごく一部で確認されていた両者が共存し、かつ交配している地域が、複数の地点で見つかった。また遺伝子解析と集団動態推定の結果、両者の間に明瞭な生殖的隔離が存在する集団も認められた。こちらはやや意外な結果であったが、両者ではっきりと遺伝的な違いを生じている地域では、両者が完全には共存せず、わずかに分布をずらして分布しており、競争ないし繁殖干渉の可能性が考えられた。このような分布パターンは、事前にはあまり想定していなかった結果であり、今後の検討を必要とする。 この問題と関係してヒダリマキマイマイの左巻き個体同士の交配実験により、恋矢を刺す行動には、予想通り強い交尾行動の抑制効果があることが示された。これが巻き方向の異なる交尾ではどう変わるかを調べることはできなかったが、それを調べるための基礎ができたため、今後は予定通りこれを調べることは可能である。 一方、これに関係して、交尾器官の長さや形が、生殖的隔離の有無と関係して変わると予想したが、それを強く示唆する証拠は得られなかった。これはむしろ、恋矢を刺す行動が強く関係している可能性を示唆しており、今後の研究に重要な指針を得ることができた。 巻き方向の遺伝的背景を明らかにするためゲノム抽出を行い、今後巻き方向に関係している遺伝子の候補を特定するための基礎を得た。
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今後の研究の推進方策 |
ヒダリマキマイマイの多様な生殖的隔離の地理的変異の実態が明らかになり、これまでに予想していた通り、異なるレベルの生殖的隔離が、異なる系統で独立に進化してきたことが推定された。しかし予想と異なり、それらの系統間に生殖器官に特に顕著な差は認められず、その違いをもたらすメカニズムとして、想定していなかった別の存在が考えられる。 そこで左右の間で交配が起きている集団個体と、交配が起きていない集団個体で、交尾行動の違いを観察する。また野外で交尾しない個体間で、実験的に交尾が成立した場合、精苞の分解、移動過程や、交尾行動への影響を調べる。また実験的に恋矢を刺すなどの操作を行って、巻き方の違いによる効果を調べる。 以上のような実験により、その違いが交尾行動など交配前の形質によって生じているのか、交配後に精苞を分解したり交尾抑制する機能の違いを反映しているのか、それとも正常な受精や発生過程の問題で生じているのかを、明らかにする。具体的には、左巻きと右巻きが高いレベルで交配している集団と、両者がごく狭い範囲で隣接ないし共存している集団で、交尾実験により上記の問題を明らかにする。 右巻きと左巻きのF1個体は予想以上にうまく確保できていないため、野外で交配が確認されている個体を用いて、さらに繁殖を進め、その維持をはかる。またこれらの個体を用いて、巻き方向の遺伝様式を推定する。 本年度はゲノム解析は準備段階だったため、抽出したゲノムについては今後予定通り解析を行い、巻き方向の違いに関わる遺伝子領域の候補を得る。
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