我々は、常温常圧で極めて高い化学・立体選択性、触媒回転率を示す加水分解酵素リパーゼを有機合成に幅広く活用するための研究を行ってきた。特にリパーゼと遷移金属触媒と同時利用し、単独の触媒では成しえない難易度の高い化合物変換法の開拓に注力してきた。本課題研究では、医農薬の基本構造体として重要な光学的に純粋な低分子化合物の環境低負荷型不斉合成法を開発することを目的とする。本年度は以下の成果を得た。 1.昨年度に引き続き、リパーゼとオキソバナジウム触媒を併用する第3級アルコールの動的速度論的光学分割(DKR)法の更なる改良と適用基質の拡張を検討した。その結果、反応条件に塩基を添加することでリパーゼ触媒光学分割の反応速度が向上することを見出した。また、同条件下、新たに十数種の環状第3級アルコールの光学分割を実施し、そのうちの6種について高いエナンチオ選択性でアシル化が進行することがわかった。 2.不斉中心を2つ有するラセミ体環状第2級アルコールのジアステレオマー混合物にリパーゼとオキソバナジウム触媒を同時に用いるDKRを実施した。一つの反応容器内で、ラセミ化、エピマー化、エナンチオかつジアステレオ選択的アシル化が同時進行し、一つの光学的に純粋な化合物に収束する変換法を開発した。 3.ある種の軸不斉ビアリール化合物は、不斉軸周りの回転障壁が小さく室温では自由に回転できる(すなわちラセミ化する)が、アシル化生成物では回転障壁が大きくなり光学活性体として安定に存在する。そこで、各種軸不斉ビアリール化合物について回転障壁を計算し、上記の性質を有する分子を複数選択した。このラセミ体分子にリパーゼ触媒によるエナンチオ選択的なアシル化を行うと、光学的に純粋なビアリール化合物が得られた。本法で、置換基が異なる約10種のビアリール化合物を高収率高光学純度で得、本法の実践性を検証した。
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