研究課題
本研究では、低分子量Gタンパク質Rap1がVE-cadherinを介した内皮細胞間接着を増強し、血管透過性を低下させる機構を解明することを目的としている。本年度は以下の研究成果を得た。これまでにin vitro実験から、ヒト肺動脈血管内皮細胞(HPAEC)に流れずり応力を負荷すると収縮性アクチン繊維ストレスファイバーが消失し、その一方で、細胞間接着部位に沿ったアクチン繊維束が形成されることで、VE-cadherin接着が増強することを示した。本年度は、siRNAを用いたRAP1遺伝子のノックダウンおよびEPAC阻害剤処理が流れずり応力によるアクチン細胞骨格の再編・VE-cadherin接着増強を阻害することを示した。また、血管透過性測定系を独自に開発し、流れずり応力が血管透過性を低下させること、FRETプローブを用いた蛍光ライブイメージング実験から、流れずり応力がサイクリックAMP(cAMP)産生、Rap1活性化を誘導することを示した。さらに、Pdgfb-iCreマウス、Gs floxedマウスを用いて血管内皮細胞のみでGsを欠損させると、肺および心臓における血管透過性が亢進することを示した。以上から、流れずり応力-Gs-cAMP-Epac1経路がRap1を活性化し、血管透過性を制御していることが示唆された。昨年度、内皮細胞のRap1シグナルを低下させたマウスでは、リポポリサッカライド(LPS)静脈投与による肺血管透過性亢進が劇的に亢進していることを発見し、Rap1シグナルが炎症による血管透過性亢進に対して保護的に働いていることを示した。本年度、Epac1活性化剤である007の静脈投与が、LPS誘導性肺障害における肺血管の透過性亢進を優位に抑制することを見出し、Rap1シグナルが急性呼吸窮迫症候群など肺血管透過性亢進を伴う疾患の治療標的となる可能性を示した。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、生体内の血管透過性制御におけるRap1の機能に関する論文を作成し、投稿することができた(現在、投稿中)。また、Rap1による肺血管透過性制御の上流シグナルとして流れずり応力に着目し、流れずり応力-Gs-cAMP-Epac1経路がRap1を活性化し、血管透過性を制御していることを示唆することができた。また、Epac1活性化剤の静脈投与によるRap1シグナル活性化が、肺障害に伴う肺血管透過性亢進を抑えることを明らかにし、Rap1シグナルが急性呼吸窮迫症候群などの肺血管透過性亢進を伴う疾患の治療標的となることを示すことができた。「腫瘍血管ではVEGFが血流によるcAMPシグナルを抑えることで、Rap1を抑制し血管透過性を亢進する」との仮説の検証については、in vitro実験系の確立に取り組んだ。以上を総合的に考え、「おおむね順調に進展している」との自己評価にした。
今後は、現在投稿中の生体内の血管透過性制御におけるRap1の機能に関する論文の早期アクセプトを目指す。また、Rap1による肺血管透過性制御の上流シグナルに関するプロジェクトについては、残された実験をできるだけ早期に終わらせ、「血流による流れずり応力がGs-cAMP-Epac1経路を介してRap1を活性化し、正常組織の血管透過性を低い状態に維持している」との仮説を証明し、論文を作成、国際的学術誌に投稿する。また、これまでの研究から、Rap1による肺血管透過性制御の上流シグナルとして、呼吸に伴うメカニカル刺激が関与している可能性を考えている。今後は、この可能性についても、実験により検証していく。さらに、炎症による血管透過性亢進とRap1シグナルとの関連、腫瘍血管の高い透過性亢進とRap1シグナルとの関連についても、in vitroおよびin vivo実験系を用いて解析していく。
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