研究課題/領域番号 |
21H02691
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
野口 拓也 東北大学, 薬学研究科, 准教授 (20431893)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 自然免疫応答 / ユビキチン化酵素 / MAPキナーゼ |
研究実績の概要 |
敗血症は、世界で年間約2700万人が罹患し、内800万人が臓器障害により死亡するという、現代社会が克服すべき重大な疾患である。しかし、未だ有効な治療法がなく、その克服は世界的に急務の課題となっている。敗血症の発症原因として、自然免疫応答の過剰な活性化が挙げられることから、自然免疫応答を誘導する細胞内シグナル伝達系のシグナル増幅機構の解明は、敗血症の病因解明と共に、画期的な予防・治療戦略の提案に繋がることが期待される。しかし、自然免疫誘導シグナルを増幅し、活性化を持続させる因子についてはほとんど報告がない。我々は最近、LINCRというストレス応答分子が、主要な自然免疫応答誘導シグナルとして知られるTLR4シグナルを強力に増幅することを見出し、LINCRによるTLR4シグナルの増幅を過剰な炎症応答が、敗血症の発症に大きく寄与しているのではないかという着想を得た。そこで本研究では、LINCRによるTLR4シグナル増幅機構の全容を解明するとともに、LINCRの細菌感染症に対する生理的役割、および敗血症等におけるLINCRの病理的役割を解明することを目的とする。本年度は、内在性LINCRの検出系を確立し、LINCRの発現制御機構の解析についても重要な情報が新たに得られた。 LINCRに関する報告は非常に少なく、過去に内在性のLINCRを検出した例は存在せず、内在性LINCRの検出は本研究の大きな課題となっていた。そこで、LINCRポリクローナル抗体を独自に作製し、内在性LINCRを検出する実験系の構築に成功した。さらに、内在性LINCRがTAK1の活性化に伴いタンパク質レベルで安定化することを確認できた。この結果を元に、今年度はその制御機構をより詳細に解析し、特にユビキチン化修飾を介したLINCRの発現制御機構について重要な情報を得ることができた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は、本研究の課題となっていた内在性LINCRの検出系を確立し、LINCRの発現制御機構の解析についても重要な情報が新たに得られた点で期待通りの進展が得られた。定常状態において、LINCRは自身にユビキチンを付加(自己ユビキチン化)する。一方、TLR4の下流でTAK1が活性化されると、LINCRの自己ユビキチン化は抑制され、代わりにMKP1をユビキチン化する。即ち、TAK1の活性化により、LINCRのユビキチン化標的のスイッチングが起きていると考えられる。そこで今年度は、その詳細な機構を解析し、LINCRの活性化制御機構を解明することを目的に実験を行った。 LINCRは定常状態において、自身にK48型ポリユビキチンを付加することで自己分解している。そこで、変異体を用いたユビキチン化サイトの網羅的な探索を行い、定常状態におけるLINCRの自己ユビキチン化サイトを同定した。さらに、TLR4シグナルの活性化に伴いLINCRがタンパク質レベルで安定化される際、LINCR自身が定常状態と異なるサイトにモノユビキチンを付加していることを新たに見出した。興味深いことに、モノユビキチン化を受けないLINCRの変異体はTLR4シグナルの活性化に伴う安定化が抑制された。これらの結果から、TLR4シグナルの活性化に伴い、LINCRは自身に付加する修飾をK48型ポリユビキチン化からモノユビキチン化へシフトし、プロテアソームによる分解を回避することで安定化している可能性が示唆された。さらに、LINCRの安定化機構を解明するため、LINCRとTAK1の結合ドメイン、およびTAK1によるLINCRのリン酸化サイトの同定を試み、結合サイトについては、LINCRのC末端領域とTAK1のN末端領域が重要であることが判明した。また、リン酸化サイトについては、リン酸化サイトは複数ある可能性が示唆された。
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今後の研究の推進方策 |
前年度の解析より、LINCRはTLR4シグナルの活性化に伴い、自身に付加する修飾をK48型ポリユビキチン化からモノユビキチン化へシフトすることが判明した。このことから、LINCRはK48型ポリユビキチンを標的としたプロテアソーム分解を自ら回避することで安定化している可能性が示唆される。しかし、LINCRがTLR4シグナルにおいて何を認識して自身の活性を変化させているかについては未だ不明である。そこで本年度においては、リン酸化を介したLINCRの発現・活性制御機構を詳細に解析することで、LINCRの自己ユビキチン化様式を制御する機構の全容解明を目指す。 また、これまでの解析からLINCRの安定化はTAK1のキナーゼ活性に依存することが明らかとなっているため、TAK1によるLINCRのリン酸化がLINCRの活性制御に重要であると予想される。前年度の解析では、LINCRが持つ、リン酸化を受ける候補残基の全てについて、リン酸化を受けない変異体を作製し、検討を行ったが、リン酸化サイトの同定には至らなかった。そこで本年度においては、in vitroでLINCRのリン酸化を評価する系を構築し、LINCRがTAK1の直接的な基質であることを確認する。また、近接した複数の残基がリン酸化を受ける可能性を考慮し、LINCRが持つ配列を一部欠失した変異体を用いてリン酸化サイトの探索を行う。これらの結果を基に、LINCRの安定化におけるTAK1の機能を解明し、LINCRの活性制御とリン酸化の関係性を明らかにすることを目指す。 さらに、解明したLINCRの分子機構が生体内でどのような生理的または病理的な意義を持つかを調べるために、in vivoモデルの解析についても検討を進める。
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