研究課題/領域番号 |
21H02727
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研究機関 | 東北大学 |
研究代表者 |
中村 修一 東北大学, 工学研究科, 准教授 (90580308)
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研究分担者 |
小泉 信夫 国立感染症研究所, 細菌第一部, 主任研究官 (10333361)
加藤 貴之 大阪大学, 蛋白質研究所, 教授 (20423155)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 細菌 / 人獣共通感染症 / イメージング / レプトスピラ症 / 運動性 / 細菌べん毛 / スピロヘータ |
研究実績の概要 |
前年度に開発した無標識細菌トラッキングシステムを用いて,培養細胞シート上における様々な細菌株の動態解析を行った.培養細胞上にある細菌のイメージングにおいては,従来,細菌を蛍光蛋白質(または蛍光色素)で標識する手法が一般的であった.本課題では,機械学習を利用した背景差分法を導入することにより,動物細胞上に接着している細菌を蛍光標識せずに検出することが可能となった.そのため,本課題で使用するレプトスピラ属細菌のように,遺伝子操作技術が十分に確立していない種でも,細胞上での運動解析を行うことができるようになった.この利点を生かし,本年度は,重症化した動物や,無症状保菌動物から分離された数種類の病原性株を使用し,これらをイヌまたはラットの腎臓細胞シートに感染させるin vitro感染実験を行った.動物細胞上における個々の細菌の運動を無標識細菌トラッキングシステムで解析した結果,各細菌株の腎臓細胞に対する接着性と運動の速さの相関関係を見出した.また,宿主細胞への結合親和性が知られている外膜蛋白質の遺伝子欠損株は,野生株に比べて接着性が低下した一方で,運動速度が増加することが分かった.以上の結果から,接着性外膜分子を介した宿主細胞への接着が運動に関わること,接着が強すぎると宿主側受容体からの接着分子の解離が遅くなり,運動速度を低下させることが示唆された.実験結果は,接着分子(細菌)と受容体(宿主)間の結合と解離を速度論的にモデル化した理論計算によって定性的に再現された.接着とク運動速度の反相関関係は,一部,症状の重症度との関連も示唆した.多くのデータを蓄積することにより,病原体の運動特性が重症度を予測する指標となる可能性も期待できる.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
病原性細菌の宿主選好性を議論するには,できる限り多くの宿主種と病原性株の組み合わせで実験を行うことが重要である.本課題で開発した無標識細菌イメージング技術は,臨床分離株も遺伝子操作なしで実験に使用できる.今年度はそのメリットを生かし,これまでにない多くの病原性株を実験に使用することができた.例えば,「重症化後に死亡したイヌから分離した病原性株」や,「無症状のラット体内で長期保菌状態にあった病原性株」などを使用した.また,偶発的に獲得された突然変異体も使用できた.例えば,分担研究者の小泉が開発したトランスポゾンランダム変異挿入法で獲得した「動物細胞との接着性が報告されている外膜蛋白質の遺伝子欠損株」を使用した.使用菌株数が増えたことによって,接着性と運動性(速さ)の反相関関係という新しい知見が得られた.レプトスピラ属細菌は,菌体内部にべん毛を持つ螺旋形細菌(スピロヘータ)の仲間で,水中での遊泳運動と,固体表面に接着しながら動き回るクロウリング(這いずり)運動を示すことが知られている.我々の以前の研究によって,宿主臓器表面でのクロウリング運動は病態形成に関わる可能性が示唆されていたが,クロウリング運動の分子機構は不明であった.得られた結果は,動物細胞上における細菌の運動機構を解明する重要な手掛かりとなることが期待された.一方で,感染動物の摘出臓器の薄片上で細菌を検出することは未だにできていない.顕微鏡観察において,薄片由来の散乱が強すぎることが原因と思われ,薄片作製条件の再検討が必要である. 以上のように,大きな進展があった一方で,今後検討が必要な課題もあることから,総合的に見て,おおむね順調に進展していると判断した.
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今後の研究の推進方策 |
機械学習を用いた無標識細胞トラッキング法と,これを用いたin vitro感染実験の結果を論文にまとめる.摘出臓器の切片化については,引き続き条件検討を行う. 本課題では,細菌の剛性と運動の関係にも注目する.現在,ある外膜蛋白質を欠損したレプトスピラ変異株の菌体が,野生株に比べて柔らかいことを示す実験結果が得られている.この結果は,光ピンセットを用いたナノ計測実験によって得られたものである.まず,ガラス基板上に自発的に接着した菌体にポリスチレンビーズを付着させ,集光させた赤外レーザーでビーズをトラップする.レーザーの位置は固定のまま,顕微鏡のステージを動かすことによって菌体を湾曲させ,あるところでレーザーを切り,ビーズを解放する.ビーズは粘性抵抗を受けながら,菌体湾曲の復元とともに変位する.ここで,菌体が硬いほどビーズは速く動くため,ビーズの動きから菌体の硬さを見積もることができる.現在,野生型と変異型の剛性を統計的に比較できる程度のデータが集まっている.今後は,剛性の違いが遊泳運動とクロウリング運動にどのように影響するかを調べる.予備的な実験によって,野生型にくらべ,菌体剛性が低下した変異体の遊泳が遅いことが示されている.その原因を探るため,高速度カメラで運動細菌を撮影し,運動中の変形などに注目した解析を行う.細胞上での運動にも剛性低下の影響は表れると予想される.これまでに行ったin vitro感染実験のノウハウを生かし,菌体剛性と細胞表面運動の関係も調べる.
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