研究課題
当腎臓内科学教室では、バゾプレシン/cAMP/PKAシグナルが体内の水恒常性維持を担うAQP2水チャネルを活性化し、尿を濃縮する機構を解明してきた。先天性腎性尿崩症は、バゾプレシン2型受容体(V2R)の機能喪失型変異により尿濃縮機構が破綻し多尿をきたす疾患である。従来の治療戦略は、障害されたV2Rを介さずに細胞内のcAMP濃度を増やす方法であり、phosphodiesterase阻害薬やGPCRアゴニストなどの効果が検証されたが、治療薬の実用化には至っていない。そこで、申請者はPKAの直接活性化に着眼し、腎性尿崩症モデルマウスの尿量を劇的に減少させる低分子化合物FMP-API-1/27を発見した。FMP-API-1/27には、PKAとPKAのアンカータンパクであるA-kinase anchoring proteins (AKAPs)との結合を阻害する作用があり、既存の化合物には無い高いAQP2活性化効果を発揮した。本研究では、この新規化合物の作用機序と標的タンパクの同定を突破口として尿濃縮に直結する新規PKAシグナル伝達系を解明するとともに、リード化合物FMP-API-1/27の誘導体展開や類似構造を指標としたin silicoのスクリーニングにより多数のPKA活性制御薬の開発を進める。合成した化合物の中には、尿濃縮効果がないが、肥満症の治療標的である褐色脂肪細胞のPKAを活性化するものがあり、他のPKA関連疾患の解析も進めていく。
2: おおむね順調に進展している
PKAはユビキタスに発現しているが、50種類以上のAKAPとの結合の組み合わせは臓器・細胞により異なるため、特定のAKAP-PKA結合を切断することで組織特異的にPKA活性を制御できる。我々は、RNA-Seqやプロテオミクス解析で同定された腎臓集合管に発現する全てのAKAP-PKA結合の組み合わせを免疫沈降法により評価し、FMP-API-1/27がLRBAとPKAとの結合を特異的に阻害していることを明らかにした。LRBAはT細胞においてCTLA-4受容体へ結合し、CTLA-4受容体の細胞膜への輸送を制御している。AQP2水チャネルも細胞膜へ輸送される量により水の透過性が決定するため、T細胞と腎臓集合管には類似の制御機構が備わっていると考えられた。二重免疫電顕においてLRBAとAQP2は腎臓集合管の同一細胞内小胞に局在していた。そこで、Lrbaノックアウトマウスを作成し腎臓における表現型を検証したところ、バゾプレシンを投与してもAQP2がリン酸化されず、AQP2の細胞膜への輸送が障害されていた。水制限試験においては、Lrbaノックアウトマウスは尿を濃縮できず多尿により体重が低下した。LRBAに結合するPKAが、バゾプレシンシグナルにおいてAQP2をリン酸化するのに重要であることが明らかになった。褐色脂肪培養細胞においてPKA活性化効果を発揮した化合物Xを高脂肪食肥満モデルマウスに16週間経口投与すると、β3受容体アゴニスト(ミラベグロン)とは対照的に心拍や血圧に影響なく熱産生や抗肥満効果を発揮した。化合物Xは褐色脂肪に加え白色脂肪のPKAも活性化しており、リパーゼのリン酸化を増加させたが、血中の遊離脂肪酸は上昇していなかった。白色脂肪においてPKA基質Yの発現量が増加することがその一因と考えられた。
腎臓集合管は、極性のある細胞であり正確な細胞内局在を評価するのに適している。そこで、密度勾配遠心法、超解像顕微鏡、近接ライゲーションアッセイ、免疫電子顕微鏡を用いて、LRBAとAQP2の細胞内局在がバゾプレシンシグナルにおいてどのように変化するかを解析する。LRBAは、水の出納を調節する腎臓集合管に加え、尿からの塩の再吸収量を調節するヘンレループの上行脚や遠位尿細管にも発現していた。LRBAが塩輸送体の活性をどのように調節しているかを明らかにする。高脂肪食肥満モデルマウスにおいて、化合物Xが白色脂肪のPKA基質Yの発現量を増加させていることが明らかになった。そこで、プロテオミクスを用いて白色脂肪におけるPKAシグナルの長期活性化がどのような影響を及ぼすかをさらに解析する。また、PKA基質Yのトランスジェニックマウスを用いて、肥満症における役割を検証する。
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すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (2件) (うち国際学会 1件、 招待講演 1件)
The Journal of Physiology
巻: - ページ: -
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