敗血症は、炎症を誘発するグラム陰性菌成分のLPS等が原因で3割が絶命する重篤な疾患である。地球全体では3秒に1人が敗血症で死亡しているとされ、その直接死因は過剰な炎症にあるものと考えられているが、炎症を標的とした分子標的薬やステロイドの救命効果が限定的であることから、これまでにない新しい病態仮説の提唱が求められている。我々は、Nav1.8陽性痛覚神経を先天的に欠損する無痛覚神経マウスが、末梢組織の炎症状態が野生型マウスと同程度であるにもかかわらず、LPSの投与に対してきわめて脆弱であることを見出した。当該マウスはLPS投与後、痙攣を伴いながら死亡したため、中枢異常が直接死因となっている可能性を考えて脳のFDG-PETとメタボロ―ム解析を実施したところ、脳全域にわたるFDGの集積障害と解糖系・TCAサイクルの減弱、ならびにキヌレニン経路代謝産物の増加が観察された。これらの結果は、LPSを投与されたマウスの痛覚神経がなんらかのメカニズムで脳の細胞呼吸低下とキヌレニン経路の過剰な活性化を抑制していることを意味する。本研究では、こうしたLPSに対する痛覚神経性トレランスの分子機序解明を通じて、これまでにない病態仮説に立脚した新しい敗血症治療戦略の提案を目指した。研究の初年度は、LPSで刺激された痛覚神経より放出される液性因子のなかで、脳のキヌレニン経路を抑制する作用の分子のスクリーニングを行い、Reg3gと呼ばれるペプチドを同定した(Cell Rep 2022)。
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