研究課題
う蝕の主要な原因細菌である Streptococcus mutansは、約10~20%の菌株において表層にコラーゲン結合タンパク(collagen-binding protein; CBP)を発現している。CBP陽性S. mutansは循環器疾患にも関与することが示されてきているが、詳細については未だ不明な点が多い。本研究では、脳血管疾患患者から採取した臨床検体およびカイコモデルを用いて、CBP陽性S. mutansと循環器疾患に及ぼす影響について検討を行った。まず、CBP陽性S. mutansと脳血管疾患との関連性に着目した研究として、高血圧性脳出血のため入院している患者197名を対象にデンタルプラークからS. mutansの培養を行なった。次に、分離されたS. mutansから細菌DNAを抽出し、PCR法を用いてCBPをコードする遺伝子の検出を試みたところ、CBP陽性S. mutansを有する患者は30名(15.2%)存在した。また、CBP陽性S. mutansの存在は、MRI検査の拡散強調画像により示される微小脳出血の出現率と有意に相関することが明らかとなった(P<0.001)。口腔内には生菌だけでなく死菌も存在することから、死菌処理したCBP陽性S. mutansの循環器疾患における病原性を評価することにした。主要な抗菌薬であるアモキシシリンで死菌処理したCBP陽性S. mutansはコラーゲン結合能を有するとともに、この死菌を投与したカイコにおいて生存率の低下が認められた。それに対して、唾液中の抗菌成分であるリゾチームで死菌処理した菌では、コラーゲン結合能およびカイコモデルにおける病原性は認められなかった。これらの結果から、CBP陽性S. mutansはある種の抗菌薬で死菌となった後も、循環器疾患における病原性を有する可能性が示唆された。
2: おおむね順調に進展している
これまでのin vitro系の実験や動物実験の結果から、CBP陽性S. mutansは何らかの障害を受けた脳血管で露出したコラーゲンに付着して、血小板の凝集能を抑制することにより脳出血を悪化させると考えられてきた。本研究では脳出血患者を対象とすることにより、口腔内に存在するCBP陽性S. mutansは微小脳出血の出現率を増加させ、高血圧性脳出血の悪化に関与する可能性があることを臨床的に示すことができた。また、CBP陽性S. mutansは、生菌だけでなく死菌においてもコラーゲン結合能を保有し、死菌であっても循環器疾患の病原性に関わる可能性があるという新たな知見を得ることができた。これらのことから、研究はおおむね順調に進行していると考えられる。
今後は、高血圧性脳出血以外の脳血管疾患にも着目して、CBP陽性S. mutansの病原性について詳細な検討を行う予定である。また、研究の対象を脳血管疾患に限定せず、IgA腎症や非アルコール性脂肪肝炎などの全身疾患へと拡大していきたいと考えている。また、主要な抗菌薬の1つとして知られるアモキシシリンは、CBP陽性S. mutans を死滅したものの病原性を完全に抑制することができなかったことから、今後は各種抗菌薬をCBP陽性S. mutans に作用させ、本菌による全身疾患の悪化を防ぐために有効な物質の検索を行いたいと考えている。
すべて 2022 2021
すべて 雑誌論文 (3件) (うち国際共著 1件、 査読あり 3件、 オープンアクセス 2件) 学会発表 (3件) (うち国際学会 1件)
Scientific Reports
巻: 12 ページ: 2800
10.1038/s41598-022-06345-x.
European Journal of Neurology
巻: 28 ページ: 1581-1589
10.1111/ene.14725.
Journal of Medical Microbiology
巻: 70 ページ: 12
10.1099/jmm.0.001457.