研究課題/領域番号 |
21H03599
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研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
渡邉 朋信 広島大学, 原爆放射線医科学研究所, 教授 (00375205)
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研究期間 (年度) |
2021-04-01 – 2024-03-31
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キーワード | 放射線被ばく影響 / ラマン散乱分光計測 / 一分子計測 |
研究実績の概要 |
本研究課題では、実験対象を初期胚とし、由来の異なる人工多能性幹細胞(iPS細胞)株から作成した胚様体に対する放射線被ばく影響および耐性を網羅的に定量する光計測システムを開発し、当該システムを用いて、初期胚に対する放射線被ばく影響の個人差を決定する要因を解明する。2021年度は、光学顕微鏡にて胚様体の成長速度、活性酸素種生産量およびラマン散乱スペクトルを同時に計測するシステムを開発、および、放射線耐性が異なるモデル細胞株を用いて原理検証実験を行うことであった。 顕微鏡システムとしては、ニコン製のシステム顕微鏡N-STORMを基盤とし、顕微鏡筐体左側の光学ポートと背面ポートを改良し蛍光超解像技術を導入した。さらに、右側の光学ポートにはラマン散乱分光計測を可能とする光学系を導入した。すべての駆動デバイスはモータライズされており、電気的に制御可能である。ラマン散乱分光計測には、ライン共焦点光学系を採用した。顕微鏡ステージを走査することで、一つの画素がスペクトル情報を持つハイパースペクトル画像の取得が可能である。また、ラマン散乱スペクトル解析は、再現性が低い計測の一つに数えられる。本研究では、伝統的に使われてきた背景除去法を見直し、光学収差、実験日、解析者に依存せず、細胞のラマン散乱スペクトルを抽出できる解析法を開発することで、この問題を解決した。 また、上記顕微鏡システムを用いて、1分子超解像技術を用いた、DNA構造への影響、ROS代謝機能への影響の二つを数値化できる解析系を考案した。マウス胚性幹細胞(ES細胞)の転写因子Nanogに蛍光タンパク質を融合したNanog-EGFP一分子運動の平均二乗距離と退色時間から、紫外線照射によりクロマチン凝集を解く効果があること、DNAの物理的な粘弾性には影響を与えないこと、照射後24時間で代謝活性能が回復することが示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ハダカデバネズミのiPS細胞の樹立に難航している。本研究課題はハダカデバネズミの研究ではなく、必要とされるのは、放射線耐性の異なる生体試料である。そこで、本研究では、放射線耐性を比較するために使用されている細胞株UM-SCC-22B ,UM-SCC-4の他に、ハダカデバネズミiPS細胞の代替として人種の異なる(肌色の異なる)ヒトiPS細胞を複数集め、放射線耐性を実測した後に使用することとした。しかしながら、新型コロナ感染拡大の影響により、海外のサプライチェーンが機能せず、これらの入手に時間を要した。2022年3月時点では、開発した顕微鏡システムを用いて、一般的に使用されるヒトiPS細胞株(253G1)株を用いた試測を開始したばかりである。 一方で、顕微鏡システムの開発は予想以上に進展し、問題を懸念していたラマン散乱計測の低再現性を、前もって解決することが出来た。また、新たな放射線被ばく影響評価法も予定を前倒しして開発された。したがって、全体としては、ほぼ予定通りの進捗である。
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今後の研究の推進方策 |
2022年度は、開発した計測システムを用いて、人種の異なるヒトiPS細胞株5種類の胚様体の成長速度、活性酸素種生産量およびラマン散乱スペクトルを計測し、開発した計測システムの有効性の確認を行う。また、ラマン散乱スペクトル、胚様体の成長速度および活性酸素生産量を計測した胚様体ひとつひとつに対して、被ばく影響・耐性に関連する遺伝子群の調査を行う。iPS細胞におけるラマン散乱スペクトルと遺伝子発現 (RNAシーケンス)との交差解析は、過去の文献において報告されていない。上記に先だって、ラマン散乱スペクトルと遺伝子発現との関連を調べ、交差解析の方法やその妥当性の評価を行う必要がある。 また、本研究課題提案当初は、生細胞を用いた観察・計測を予定していた。しかしながら、必ずしもそれが最適であるとは言えない。本研究課題が成功裡に終了した後には、多くのヒトiPS細胞株についてデータを収集していくが、顕微鏡システムは開発した1台しかなく、都度、試料調整が必要である。固定細胞であれば、試料調製と顕微鏡観察を分けて行うことが出来る。そこで2022年度前半に、固定細胞を用いたアッセイ系の確立も合わせて行っていく。
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