本年度は研究計画に沿い、以下の新たな結果を得た。
血管内皮細胞 (EC) は、層流と乱れた流れ(乱流)という異なる性質の血流の刺激に曝されている。 層流に対するECの応答は血管の恒常性に寄与するが、乱流に対する応答は細胞の機能不全や、粥状動脈硬化症や動脈瘤といった血管疾患を引き起こすことが知られている。しかし、ECがどのようにして層流と乱流を区別して感知し、異なるシグナル伝達を引き起こすのかは依然として不明である。そこで本年度は、ECが層流と乱流を区別して感知する仕組みと、ミトコンドリア機能の変化との相関を明らかにした。 培養ヒト大動脈内皮細胞に流れ負荷装置内で層流または乱流を負荷すると、細胞膜の脂質の配向性(lipid order)は層流に応答して直ちに減少した一方で、乱流に応答して増大した。また、層流はミトコンドリア膜のlipid orderを減少させ、ミトコンドリアにおけるアデノシン三リン酸 (ATP) 産生を増加させた。 対照的に、流乱の刺激では、ミトコンドリア膜のlipid orderが増大し、ミトコンドリアから、活性酸素種(ROS)の一つである過酸化水素(H2O2)の放出が増加した。細胞にコレステロールを添加すると、形質膜とミトコンドリア膜の両方のlipid orderが増大し、層流によるATP産生が抑制されたが、コレステロール除去試薬であるメチル-βシクロデキストリンで細胞を処理すると、両方の膜のlipid orderが減少し、層流によるATP産生と、乱流によるROSの放出が阻害された。 以上の結果は、細胞膜の物理的な性質の変化が層流と乱流を区別するセンサーとして機能し、膜脂質のlipid orderやコレステロール含量の変化が、ミトコンドリアの機能を介した流れ誘発性の細胞応答と密接に関連していることを示している。
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