研究課題
本研究では、ミュオニックヘリウム原子(ヘリウム原子核、負ミュオンおよび電子の束縛状態)の基底状態における超微細構造を精密に測定することで、負ミュオンの磁気モーメントと質量を高精度で決定する。正負ミュオンの質量の比較からCPT不変性を検証し、超微細構造の測定値を量子三体系の精密計算と比較して量子電磁力学を検証する。J-PARC MLFにおける世界最高強度のパルス負ミュオンビームを利用し、ラビ振動を時間領域で解析する分光法(ラビ振動分光法)と光ポンピングによるミュオニックヘリウム原子の再偏極技術を組み合せることで測定精度を向上させる。ゼロ磁場における超微細構造の直接測定と、高磁場中におけるゼーマン遷移の分光による間接測定を行う。今年度はJ-PARC MLF MUSEにおいてゼロ磁場環境下でのマイクロ波分光実験を行い、4気圧および10.5 気圧のヘリウム気体標的を用いてミュオニックヘリウム原子の超微細構造を先行実験の結果を上回る統計精度で測定することに成功した。系統的不確かさの評価を含む詳細なデータ解析が進行中である。これと並行して、ミュオニックヘリウム原子をスピン交換光ポンピング(SEOP)によって再編極するためのアルカリ金属を添加したヘリウムガラスセルとレーザー光学系を開発し、電子スピン共鳴信号を観測してSEOPによる電子スピン偏極を確認した。また、ミュオンスピン分光器を用いたミュオニックヘリウム原子の再編極実験を実施するための光学筐体を製作した。
2: おおむね順調に進展している
本研究では、ミュオニックヘリウム原子の再編極技術を用いて分光測定の統計精度を大幅に改善することを目指している。精密分光の測定対象として知られるミュオニウム(正ミュオンと電子との束縛状態)とミュオニック原子の大きな違いは、ミュオニック原子がカスケード脱励起する過程で起こる衝突的なシュタルク混合による負ミュオンのスピン減偏極である。これにより、基底状態におけるミュオンの残留偏極はミュオニウム(50%)と比較して低い(6%)。そこで、本研究ではレーザー光で電子スピン偏極したアルカリ金属蒸気とのスピン交換衝突でミュオンのスピンを偏極させる(SEOP)。この技術により、分光の統計精度をほぼ10倍向上させることができる。研究計画の初年度に実験装置を設計した。装置は、微量のアルカリ金属を添加したヘリウムガスを封入するガラスセルおよびヒーター、SEOPに用いる高出力のレーザー光学系で構成される。レーザーダイオードアレイと体積型ホログラフィック回折格子を用いて波長795 nm、連続波出力100 Wのレーザー光を照射する光学系とした。ルビジウムとカリウムを微量添加してヘリウムガスを充填したガラスセルにレーザー光を照射し、電子常磁性共鳴を観測して電子スピンの偏極を確認した。また、ミュオンスピン分光器にレーザー光学系を組み込むために大型の光源筐体を製作した。SEOP装置の開発と並行して、ゼロ磁場でのミュオニックヘリウム原子分光実験を実施した。ヘリウムガスに微量のメタンガスを電子供給源として混合し、ミュオニックヘリウム原子の中性化効率を向上させた。超微細構造の遷移周波数は標的ガスの圧力に応じてシフトするため、この効果を評価するべく4気圧および10.5気圧での測定を行った。いずれの圧力においても超微細構造遷移の共鳴を観測することに成功した。詳細なデータ解析が進行中である。
次年度はSEOP装置を完成させ、ミュオニックヘリウム原子の再編極実験を行う。ミュオンスピン分光器でミュオンが崩壊して生じる電子の放出角度異方性を測定することにより、ミュオニックヘリウム原子のスピン偏極率を測定する。ガラスセルに封入するアルカリ金属の成分比および温度を変えた測定を行い、SEOPの諸条件を最適化する。また、ゼロ磁場におけるミュオニックヘリウム原子のマイクロ波分光実験を継続し、初年度に実施したよりも低い圧力領域におけるデータを取得する。初年度に得た高圧領域のデータ解析を完了させると同時に、低圧領域における結果を合わせて標的圧力のゼロ外挿を行い、超微細構造の遷移周波数を決定する。
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