研究課題/領域番号 |
21H04535
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
澤江 義則 九州大学, 工学研究院, 教授 (10284530)
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研究分担者 |
山口 哲生 東京大学, 大学院農学生命科学研究科(農学部), 准教授 (20466783)
坂井 伸朗 九州工業大学, 大学院工学研究院, 准教授 (60346814)
森田 健敬 九州大学, 工学研究院, 助教 (70175636)
中嶋 和弘 東洋大学, 理工学部, 准教授 (70315109)
鎗光 清道 九州大学, 工学研究院, 准教授 (90723205)
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研究期間 (年度) |
2021-04-05 – 2025-03-31
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キーワード | トライボロジー / 超潤滑 / ソフトマター / 生体高分子 / 生体関節 |
研究実績の概要 |
構造と物性が異なる複数のハイドロゲルを用い,回転式レオメータを応用した回転式摩擦試験機により得られる滑り速度と摩擦係数の間の動特性を整理した.得られるグラフに2つの遷移点が存在し,低速から第1遷移点までの低速域ではゲル表層部の粘弾性が摩擦係数をほぼ支配すること,第1遷移点と第2遷移点の間の中速域では,Gongらの凝着摩擦理論で整理可能であること,第2遷移点がマクロな弾性流体潤滑(EHL)効果に依存する事,第2遷移点以降の挙動が潤滑液のレオロジー特性に依存することが示された. ヒアルロン酸(HA)とリン脂質(DPPC)の混合による低摩擦発現については,HAおよびDPPCの濃度と配合比だけではなく,HAの分子量も低摩擦発現に影響することを明らかにした,HA分子量の影響は,ゲルと相手面間に形成される理論流体膜厚に依存し,膜厚が1ミクロン程度になると,HA分子量の増加により摩擦係数が有意に低下することを確認した.これは,形成された境界膜の内部に,HAとDPPCの複合体による低せん断構造が形成され,その低せん断構造に長いHA分子鎖が必要である可能性を示唆している. タンパク質吸着の抑制を目的に,親水性と疎水性モノマーの共重合ポリマーからハイドロゲルを作成し,その摩擦特性をタンパク質,HA,DPPCを含む溶液中において評価した.その結果,タンパク質による摩擦上昇の抑制,およびHAとDPPC混合溶液による摩擦低減効果の発現を確認した. アガロース軟骨モデルについては,ゲル内に蓄積されたプロテオグリカン分子の影響を明確化するため,軟骨由来のプロテオグリカン分子を定量的に添加したゲルを調整し,プロテオグリカン濃度とゲル物性および摩擦係数との関係を評価した.その結果,プロテオグリカンによるゲルの物性変化と表面に形成される潤滑層の両者が摩擦特性に寄与していることが示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
高含水ハイドロゲル軟骨モデルを用いた摩擦試験および有限要素解析による糖・蛋白・脂質による潤滑効果の評価については,概ね計画通りに進捗している.内部に多くの水を含み柔軟かつ粘弾性を有する高含水ソフトマター上で固液二相潤滑機構が機能する条件下において,ヒアルロン酸とリン脂質の共存により,理論膜厚1ミクロン程度の条件下において極めて優れた境界潤滑効果が発揮されることを明らかにした.また,この低摩擦の発現には,十分に長いヒアルロン酸分子鎖が必要であること,接触域に引き込まれたタンパク質の変性とゲル表面への吸着を抑制する必要があることも確認された.これらの知見をもとに,タンパク質の吸着を抑制した共重合ポリマーから作成したハイドロゲルを用いることで,タンパク質を含む溶液中においても,タンパク質による摩擦上昇を抑制しヒアルロン酸とリン脂質の複合体による摩擦低減効果を得ることが可能であることを実証した.これは,生体関節に見られる低摩擦メカニズムの工学的応用のProof of Conceptと位置づけられる. また,回転式レオメータを応用した回転式摩擦試験機により得られる滑り速度と摩擦係数の間の動特性の理解も進んでおり,2つの遷移速度により規定される3つの速度域における特性が,低速側からソフトマターの粘弾性特性,ソフトマター表面の凝着特性,潤滑液のレオロジー特性にそれぞれ支配されることが示唆された. アガロース軟骨モデルについては,ゲル内に蓄積されたプロテオグリカン分子の働きについて,ゲルの物性変化と表面への潤滑層形成により摩擦特性に寄与していることを明らかにした. 一方で,当初計画したHAおよびDPPCの蛍光標識による,潤滑膜内の低せん断構造可視化については,蛍光標識した分子が多孔質のゲル内部まで拡散し,実験後にゲル表面上に形成された潤滑膜内の構造のみを選択的に可視化することが困難であった.
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今後の研究の推進方策 |
回転式摩擦試験機から得られる滑り速度と摩擦係数の動的関係を記述する数理モデルの構築を進める.ここでは,滑り速度と摩擦力との関係を,高分子ハイドロゲルの粘弾性変形が支配的な低速域,弾性流体潤滑効果が支配的となる高速域,高分子ハイドロゲルと摺動相手面との間の凝着摩擦により規定される遷移域に分け,それぞれの領域の動的挙動を記述する数式と,その遷移速度を規定するパラメータを検討する.確立された数理モデルを用い,高含水ソフトマターの物性,間質水の流動,タンパク質,脂質,ヒアルロン酸の境界膜形成の協調による摩擦制御メカニズムについて整理する. 特に,ヒアルロン酸/リン脂質混合溶液による低摩擦発現について,その詳細メカニズム解明に注力する.これまでに行ってきた蛍光標識した分子を用いた低せん断構造の可視化については,蛍光色素や染色方法を見直しながら検討を継続する.それに加え,分子量の異なるヒアルロン酸,構造の異なるリン脂質を用いた摩擦実験を実施し,その結果から低摩擦発現メカニズムの考察を進める.これらヒアルロン酸/リン脂質の混合溶液について,レオメータによる粘弾性評価を行い,そこから得られるレオロジー特性と分子構造の関係を関連付けることにより,ヒアルロン酸とリン脂質により形成される低せん断構造と摩擦特性の関連を考察する. アガロースゲル軟骨モデルでは,一定量のプロテオグリカンを含む軟骨モデルを用いて,関節液成分との協調潤滑効果の探求を進める.また牛の蹄部の関節軟骨組織から単離した軟骨細胞をアガロースゲルに播種し培養した軟骨モデルとの結果の比較から,プロテオグリカン以外の細胞外基質成分,特に表面に産生されるルブリシンの効果について検証する.
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