研究課題
本研究は、金属材料における水素脆性の仕組み(動的プロセス)をナノスケールで実験的に解き明かすことを目的とする。具体的には、走査透過型電子顕微鏡(STEM)内部に形成した水素ガス環境中で負荷試験を行い、破壊過程のSTEM像、荷重変化、及び破壊時における電子エネルギー損失スペクトル(EELS)を詳細に記録する、というものである。四ヶ年計画の初年度(R3)は、まず主要な要素実験であるEELSによる水素検出について集中的な検討を行った。如何にクリーンな表面状態でEELS分析を行うかが成否を握るため、ガス純化、ビームフラッシング処理等の対策とその有効性確認を行った。その結果、試料同一箇所の複数回スキャンにも耐えることを確認し、特にパラジウム(Pd)を用いた実験では水素化合物特有の信号を検出することにも成功した。一方、三年目以降に実施予定であったTEM内負荷試験に用いる試料ホルダー(米企業への特注品)の開発については、予算不足をカバーすべく機能限定や手動化等の変更を検討してきたが、為替状況の悪化(円安)も重なり、当初計画通りの実施が困難になった。そこで代案として、ミリメートル寸法の試験片に力学制御された水素脆性き裂を予め導入しておき、これを汎用の引張負荷型ホルダーに移植後、TEM内で再負荷・観察する実験を考案した。なお上記に並行して、EELSデータ校正に必要となるバルク結晶の水素吸蔵特性調査を予備的に始めたところ、結晶欠陥の量と吸蔵時間に強い相関があることを示唆するデータが得られた。これは水素脆性機構を探る上で重要な発見である(学会発表済み)。
2: おおむね順調に進展している
本研究の遂行上、鍵となるいくつかの要素技術のうち、「EELSによる水素検出」については、初年度の試行が実を結びつつあると言える。TEM内負荷試験に用いる試料ホルダー開発については実質的に断念せざるをえない状況となったが、有効な代案を早急に立て、二年目以降への道筋を付けることができた。また予備実験として始めたバルク結晶の水素吸蔵特性評価において、水素脆性機構に関係すると思われる重要な発見に至った点は特筆される。これらの点より、当初計画に照らした進捗は概ね順調あると判断した。
まずEELSによる水素検出については、変形・破壊と水素の関連性を明確にできる有効な測定手法としてブラッシュアップを図る必要がある。二年目以降は、結晶欠陥(転位や粒界)における検出実験に本格的に漕ぎ出す予定である。前述した代替負荷実験については、ミリメートル寸法の材料試験が可能な負荷装置、並びに観察部位を局所的に薄膜化する精密イオン研磨装置を二年目に導入し、三年目以降の本格的な水素脆性実験に向けた試験条件の検討に着手する予定である。また、予備実験を通じて明らかとなったバルク結晶の水素吸蔵特性(欠陥密度依存性)をより厳密に評価すべく、予ひずみ量を制御した試験片に対して超精密電子天秤を用いた検量実験を行う予定である。
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すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件) 学会発表 (5件) (うち国際学会 2件、 招待講演 1件)
Engineering Fracture Mechanics
巻: 267 ページ: 108439~108439
10.1016/j.engfracmech.2022.108439