研究課題
今年度は、生体膜の機能を再現できる新しい脂質二重膜のモデルを創出するために、二重膜の外葉と内葉の組成の異なる非対称膜の作成方法について研究を進めた。特に、脂質ラフトを含む非対称膜の外葉と内葉の脂質組成を正確に求めるための実用的手法の開発を行った。ラフト形成には、3種類の脂質を混合して二重膜を調製しなければならないが、そのうち2つの同じ頭部構造を持つ脂質を区別することが問題であった。そこで、1つの脂質(例えば巣スフィンゴミエリン)の頭部トリメチルアンモニウム基を重水素で置換した脂質を合成することによって、1H NMRシグナルを消去し、他方の脂質を選択的に観測できるようにした。また、外葉・内葉の脂質を区別するために外葉脂質のシグナルだけがシフトするように工夫した。これによって、単層リポソームを用いて多成分非対称膜の脂質組成を正確に求めることがはじめて可能となった。内葉・外葉間の疎水層の構造相関による脂質相互作用は、生体膜の非対称性を機能的に理解するための鍵となる。そのために、内葉と外葉で異なる脂質の尾部が各葉の界面で接触することによって生じる相互作用の機構解明するための基礎的実験を進めている。本年度はその重要段階として、膜物性を決定する脂質アシル鎖のゆらぎの構造要因を明らかにするための新しい固体NMR用プローブ脂質とその解析方法の開発を行った。具体的成果としては、内葉のモデル脂質である不飽和フォスファチジルコリンの脂肪鎖の立体配座と膜に対する配向を詳細に決定することに成功した。その結果、二重結合付近の炭素-炭素結合の回転配座の交換によって脂肪鎖のゆらぎが生じる機構についてモデルを提出することに成功した。この成果は、内外葉の相互作用に重要なコレステロールが有するゆらぎの抑制について分子構造的描像の取得を可能にし、分子動力学計算の精度向上に役立つと考えている。
2: おおむね順調に進展している
研究概要欄にも記したように、生体膜を構成する脂質二重膜における界面の脂質分子の相互作用を解明することに目途をつけることができ、相互作用における共通性・法則性の理解に近づくことができたと考える。具体的には、脂質の形と動きを調べるために安定同位体で標識を付した膜脂質プローブを化学合成し、それらを組み込むことによって、生体膜の特徴を再現できる新しいモデル脂質膜を作り出した。また、脂肪鎖の揺らぎを、膜に対する配向を正確に解析する脂質プローブと固体NMR手法を開発できたことも今後の研究進捗に大いに資すると思われる。今年度は、これら脂質プローブを活用することによって、生体膜特有の機能を司る分子構造および相互作用の解明に向けて前進することができた。また、これらの実験手法を糖脂質に適用することによって、糖脂質やコレステロールの相互作用やコレステロール骨格の有する膜物性に対する影響について新知見を得たので、論文として発表した。一方で、次年度以降は、再現性の低い非対称膜を用いた実験の割合が高くなるので、この点の改善に取り組む必要がある。今回開発した重水素置換脂質を用いる外葉・内葉選択的脂質定量法を適用すれば、再現性の高い実験系を構築できると考えている。以上により、四年計画の本研究の初年度としては、十分な成果であると考える。
今後の研究の方向性として、非対称二重膜を用いて、ドメインの形成や膜脂質の局在化を実現して、忠実に生体膜の脂質局在性を再現できるモデル脂質膜を新たに創出することを目指す。具体的には以下の4つのテーマの推進することによって目的を達成する。a) 内葉・外葉水和層におけるヘッドグループの配座・配向解析:外葉脂質ガングリオシドの糖鎖の平均配座とコレステロールの糖鎖配向への影響を評価する。内葉脂質フォスファチジルイノシトール(PI), その二リン酸化体(PIP2)の非対称膜における平均配座と平均配向を解明する。b) 内葉・外葉間の疎水層の構造相関によるインターリーフレット脂質相互作用の機構解明:非対称膜を用いたインタ―ディジテーション(指組み構造)の観測と相状態のへの影響を評価する。非対称膜における外葉・内葉間のコレステロール分配比を決定し、ドメイン構造に与える影響を評価する。c) 水和層と疎水層の構造相関によるドメイン形成の分子機構解明: グリコシルセラミド等の高融点スフィンゴ糖脂質のドメイン形成機構を解明する。スフィンゴミエリン(SM)やPIなどの特徴的ドメイン集積脂質を対象として、分子内と分子間の構造相関を解明する。d) 生体微量脂質のドメイン形成における役割の解明: コレステリル-グルコシドを含むステロール配糖体や、特殊環境下で増加する膜構成脂質のドメイン形成作用を調べることによって、これら微量膜脂質の生体機能を推定する。
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BBA - Biomembranes
巻: 1863 ページ: 183623
10.1016/j.bbamem.2021.183623
巻: 1863 ページ: 183496
10.1016/j.bbamem.2020.183496
http://www.chem.sci.osaka-u.ac.jp/lab/murata/