研究課題/領域番号 |
21H04790
|
研究機関 | 国立研究開発法人情報通信研究機構 |
研究代表者 |
山元 大輔 国立研究開発法人情報通信研究機構, 未来ICT研究所神戸フロンティア研究センター, 室長 (50318812)
|
研究期間 (年度) |
2021-04-05 – 2024-03-31
|
キーワード | 神経可塑性 |
研究実績の概要 |
fruitless遺伝子座(fru)の機能喪失突然変異体であるsatori(fru[sat])の雄は、雄同士が盛んに求愛することで知られている。このfru[sat]突然変異体雄を羽化後すぐに隔離しておくと、その後雄同士の求愛は顕著に抑制を受ける。それに対して複数の雄と共に過ごしたfru[sat]雄は、同性間求愛を示すことから、社会経験依存的にこの行動が形成されることがわかる。雄の求愛を開始させるP1ニューロンは雄特異的な介在ニューロンでfruを発現し、他のfru発現ニューロンと接続して求愛のコア回路を形成している。このニューロン群は、求愛惹起能のある視覚刺激に対する応答性をfru[sat]の雄に特異的に獲得しており、この視覚応答が雄同士の求愛を引き起こしていると考えられる。そこで、求愛のための追随行動に寄与するfru発現ニューロン群を特定するため、そのごく一部だけをsplit-GAL4 intersection法により光遺伝学に強制活性化させた。その結果、視覚経路の介在ニューロンのうち、LC10ニューロン群が顕著な求愛誘導効果を示した。そこでtrans-tango法を細胞クローン作成技術と組み合わせてLC10のシナプス後ニューロンを探索し、求愛標的に向かって方向転換を引き起こす一群のターニングニューロンを特定した。これらのターニングニューロンがP1ニューロンと接続関係にあるものと想定され、P1と共に社会経験依存的な興奮性変化の生じる場である可能性が示唆された。これらの細胞での転写プロファイル解析に必要な技術基盤の整備を進め、patch-seqやTRAP(Translating ribosome affinity purification)等を適用してデータの取得が可能になった。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
社会経験がどのようにニューロン、さらにはゲノムに刻印されるのか、ショウジョウバエの求愛に見られる社会経験依存的行動変容を対象としてこの機構を解明するのが本研究の究極の目標である。そのためには着目する社会経験依存的行動変容が、どのニューロンの構造的・機能的変化にもとづいているのかをまず確定する必要があるが、今年度行った実験により、「どのニューロンを見るべきか」が明らかになった。すなわち、求愛対象を追跡する際に、行動解発の引き金となる視覚刺激情報をL10介在ニューロンから受け取り、求愛の動機づけレベルに対応したモーティベーション信号をP1から受け取って、行動の実行を開始させるニューロンとしてターニングニューロンが候補に浮上したのである。すなわち、P1ニューロンとターニングニューロンとの接続状態が社会経験依存的に修飾される可能性が出てきた。ここに注目して、解剖学的、生理学的、分子生物学的な解析を進めるのが妥当と考えられる。こうした判断に基づき、特定の単一ニューロン、あるいは限定されたニューロン集団を標的とした遺伝子発現プロファイリングの解析を実行するための下地づくりを行い、patch-seqやTRAP法を実際に適用して、一定の成果を得るところまで技術的検討が進んだ。こうしたことから研究が順調に進捗していると判断した。ただし、Covid-19によるパンデミックという社会状況に由来する一定の遅延は避けられず、当初設定のタイムテーブルとは幾分異なっている。
|
今後の研究の推進方策 |
P1ニューロンとターニングニューロンの接続関係を個々のニューロンレベルで明らかにすることが重要である。P1ニューロンは雄の脳の片半球あたり20個あり、形態学的、神経化学的に複数のサブタイプからなることがわかっている。雌の脳については電顕再構成に基づくコネクトームデータがavailableであるが、雄の脳については現時点では公開段階に達していないため、今のところ単一ニューロンレベルでの解像力がない。従来型の解析法をさらに徹底して実施し、より特異性の高いGal4発現ハエ系統(より少数のニューロンサブクラスのみに発現する)を用いたsplit Gal4 intersection実験によってニューロンをさらに限定し、解析を行うこととなる。遺伝子発現プロファイルの社会経験依存的変容をとらえるため、patch-seqを適用するが、当然のこととしてこの手法では一個一個のニューロンでの遺伝子発現を解析する。予備実験の結果は、細胞ごとに発現の様相が大きく異なっていることを示しているが、現状、同一細胞集団(例えば20細胞からなるP1ニューロン集団)中の細胞の個性をみているのか、同一のニューロンの個体ごとの差なのかを判別できていない。そこで、行動との相関を把握するためには、細胞集団をまとまりとして扱う(例えばP1ニューロン群)手法で遺伝子発現プロファイルを解析することにまずは注力したい。一方で、雄脳のコネクトームデータベースの公表を睨みつつ、単一ニューロンの同定を前提にしたpatch-seqへの対応を準備する。
|