研究課題
メカニカルストレスによる骨格筋・脳慢性炎症の抑制という本研究の作業仮説の基盤となっている、運動時に脳内に生じる間質液流動の定量的評価を重点的に行った。混合するとゲルを形成する2種のポリエチレングリコール溶液を蛍光標識し、ラットの吻側延髄腹外側野部に注入することで、同部の間質腔に蛍光ゲルを充填し、24時間後に安楽死として、脳組織を摘出後、延髄部を切り出した。切り出し面近傍においては切り出しという実験操作の影響が観察されたので、切り出し面から離れた部位の観察を行うべく、多光子顕微鏡を用いて実験を行った。得られる蛍光画像が対物レンズを当てる面に対して奥行き方向に伸長するというという、多光子励起の特徴(問題)を考慮して、前額面、矢状面、水平面の3平面で検討した。・脳における間質腔占拠率(言い換えれば脳組織の空隙率)は約20%という過去の報告を参照に、蛍光強度上位20%を間質腔に充填されたゲル由来の蛍光と定義し、その蛍光クラスターの配向性と断面積(径)を解析した。・蛍光クラスターの配向性の解析は、投影した平面状での形状に対して楕円近似ができるまで、サイズが小さい(ボクセル数が少ない)クラスターを除いて行った。3平面での解析により、蛍光クラスターの配向性は左右方向には乏しく、主に前後方向で僅かに前方(頭側)が上向きであることがわかった。これは別実験で行った、ラットの脳のMRIによる画像に照らすと、吻側延髄腹外側野における間質腔は下部脳幹の重心線方向に沿った配向性を有することを示す。・蛍光クラスターの断面積(径)の解析では、ボクセル数が少ないクラスターも含めて検討した。3平面それぞれで断面積の分布を対数正規分布に近似させ、最頻値と半値全幅により数値化し、3平面からの数値を統合して断面積を算出し、径を推定した。
2: おおむね順調に進展している
身体運動をメカニカルストレスととらえ、それによって促進される間質液流動の態様を把握するための解析方法を確立した意義は大きく、全体としての進捗は概ね順調と自己評価している。蛍光ゲル導入と多光子顕微鏡観察を組み合わせた解析で得た吻側延髄腹外側野間質腔の配向性と径に関する知見を、固形粒子充填層を流れる層流の圧力損失を計算するコゼニーカルマンの式に適用して透水係数を算出し、報告されているラットの脳の空隙率(20%)と、静止時の脳内間質液流動速度(秒速0.2 μm)と研究代表者のグループで過去に行ったCT画像による解析から推定される頭部上下動中の脳内間質液流動速度(秒速0.4ー0.6 μm)とともにダルシーの法則に当てはめて、頭部上下動中にRVLMの細胞に加わる流体剪断力を概算した。さらに、これをもとにその強度の範囲を決めた流体剪断力を初代培養系のアストロサイトに印加したところ、アンジオテンシン受容体発現低下が認められた。これに対して、20 mmHg以上の周期的静水圧変化ではアンジオテンシン受容体発現が促進された。この実験結果は、運動(走行)による、吻側延髄腹外側野アストロサイトにおけるアンジオテンシン受容体発現低下が脳内の圧変化ではなく間質液流動に伴う流体剪断力を介していることを支持する。
・脳内メカニカルストレス実測脳内の流体剪断力の実測に用いるセンサーの試作機作製完了している。そこで、培養細胞用の流体剪断力印加実験系を用いてキャリブレーションを行う。このキャリブレーション実験でセンサーの動作が確認出来次第、マウスの大脳皮質(前頭前野)での実測実験を行う。・大脳皮質(前頭前野)における慢性炎症に対するメカニカルストレスの効果の検討これまで研究代表者のグループで行ってきた脳へのメカニカルストレスである受動的頭部上下動の介入は麻酔下に行ってきた。前頭前野機能の評価法として各種の迷路試験などによる行動テストを行うが、受動的頭部上下動ではなく麻酔のみでも行動テストの結果に影響が出ることがわかった。そこで、無麻酔にて受動的頭部上下動を行う系を構築した。マウスの頚部にて可動性を有するように一旦切断してからテープで再連結した50 mLチューブにより身体を保定し、尾部をテープで固定し、上から布をかけるなどして暗くすれば、マウスは暴れずに受動的頭部上下動介入を行うことができることが分かった。今後は、この無麻酔での受動的頭部上下動を用いて実験を進める。
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実験医学
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