研究課題
mRNA医薬では、送達キャリアの使用に伴う毒性や、mRNAを生物学的に合成することに伴う不純物の生成が課題であった。本研究では、この課題の克服のため、酵素分解を受けにくくキャリアフリー送達が容易で、かつ高純度調製が可能な短鎖の化学合成mRNAの利用を検討した。がんエピトープを発現する短鎖化学合成mRNAを、キャリアフリーでがんワクチンに用いたところ、担がんモデルマウスにおいて腫瘍へのT細胞浸潤の増強や抗腫瘍効果が得られ、本研究課題の概念実証は得られた。本年度は主に、ワクチンエピトープ以外を発現するmRNAを用いて、標的の拡大を試みた。その中で、血糖降下作用を用いるペプチドを発現するmRNAを用いることで、2型糖尿病モデルマウスにおいて、耐糖能の改善が観られた。そのほか、抗がん作用を持つペプチドを発現するmRNAを用いることで、培養細胞レベルで有望な成果を得ている。一方で、キャリアフリー化、不純物の除去という目的を達成する上で、短鎖化学合成mRNA以外の戦略も検討した。mRNA合成で問題となる未キャップmRNAや、長鎖の2本鎖RNAは、独自のPureCap法によって取り除くことができる。実際に不純物の除去によりmRNAのタンパク質翻訳機能が大幅に向上し、自然免疫応答が軽減した。さらに、キャリアフリー化を進めるために、ジェットインジェクターを用いた皮内投与を行った。すると、mRNA単体でも脂質性ナノ粒子を用いた場合と同等のタンパク質発現が得られた。さらに、COVID-19 mRNAワクチンに展開したところ、マウス及び霊長類にて、本戦略の有効性が示された。現在、このジェットインジェクターワクチンとPureCap mRNAの融合も試みており、優れた効果が得られている。このように、短鎖mRNA以外の戦略でも、現状のmRNA医薬の課題を克服できることを明らかにした。
1: 当初の計画以上に進展している
当研究の当初の目標であった完全化学合成短鎖mRNAを用いた疾患治療に関しては、すでにがんワクチンにおいて有効性を示しており、目標を達成している。さらに、主に本年度の研究で、短鎖mRNAのコンセプトを、ワクチンエピトープから、2型糖尿病に対する血糖効果ペプチドや、抗がん作用を有するペプチドへと拡大することにも成功した。さらに、mRNAを短鎖化するときに問題となる、mRNAの鎖長と翻訳効率の関係といったより基礎的な課題についても、検討を進めている。このように、当初計画した研究は予定を上回るペースで進んでいる。さらに、概要で示したように、キャリアフリー化、不純物の除去という当初の目的を達成する上で、必ずしも短鎖のmRNAを用いなくても良いことも明らかにした。実際に、4.5 kbとmRNAの中でも長いSARS-CoV-2スパイクタンパク質のmRNAを、非常に高純度で製造し、さらにキャリアフリーで治療効果を得られることまで明らかにした。当初の計画から発展し、予想外の優れた成果も得られている。
短鎖mRNAの系に関しては、前年度に引き続き、ワクチンを超えた応用を模索する。すなわち、ワクチンエピトープ以外のペプチドを発現するmRNAを用いた疾患治療に取り組む。すでに、血糖降下ペプチド、抗がんペプチド以外の有望な候補について検討を開始している。疾患モデル動物を用いた有効性の検証まで目指すことで、本戦略の実用性を明らかにする。また、この課題に取り組む中で、mRNAの鎖長と翻訳効率の関係がどのようになっているのか、短鎖mRNAからも長鎖mRNAと同様のタンパク質発現を得られるのか、といった疑問が生じたため、より基礎的な研究としてこの点の解明を進める。また、本研究が目指すキャリアフリー化のmRNAの高純度化に関して、長鎖mRNAのジェット投与によるワクチンへの有用性を示してきた。しかし、キャリアフリーのワクチンに関して、効果にまだ改善の余地がある。これまでに、キャリアフリーでもジェット投与により、脂質性ナノ粒子と同程度のタンパク質発現活性が得られることを見出している。しかし、脂質性ナノ粒子のワクチンとしての役割は、抗原タンパク質発現に留まらず、アジュバント作用やリンパ節への移行といった作用も含まれる。これらの機能をキャリアフリーによってどのように代替していくかの検証も進める。また、ワクチンにおけるmRNAの純度と効果の相関は、mRNAの高純度化を中心課題とする本研究において、重要である。不純物は、タンパク質翻訳を抑制するなど悪影響を及ぼす一方で、免疫を活性化することでアジュバントとしても機能し得る。生物学合成した不純物が、ワクチンの効果にどのような影響を及ぼすかを解析することで、mRNAの高純度化がワクチン効果へどう影響するかを明らかする。この検討により、mRNAの高純度化を目指す本研究の意義を裏打ちする結果が得られるものと期待される。
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