研究課題/領域番号 |
21H04969
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研究機関 | 名古屋工業大学 |
研究代表者 |
神取 秀樹 名古屋工業大学, 工学(系)研究科(研究院), 教授 (70202033)
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研究分担者 |
井上 圭一 東京大学, 物性研究所, 准教授 (90467001)
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研究期間 (年度) |
2021-05-18 – 2026-03-31
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キーワード | 動物ロドプシン / 微生物ロドプシン / ヘリオロドプシン / 構造機能相関 / 赤外分光 |
研究実績の概要 |
チャネルロドプシンをツールとして2005年に始まった光遺伝学は、脳だけでなく光による生命機能の幅広い操作を実現し、生命科学全般を革新する技術として大きな期待を集めている。ロドプシンは光遺伝学を支える標準ツールとして使われているが、私たちはこれまで、種々の新規微生物ロドプシンを発見・創成するとともに、動物ロドプシンである色覚視物質の赤外分光を用いた構造研究を世界に先駆けて行ってきた。また2018年には第三のロドプシンとも言うべきヘリオロドプシンの存在を明らかにした。 本研究では、光遺伝学を支えるロドプシンの作動メカニズムを、分光学、構造生物学、生化学・分子生物学、電気生理学を用いて明らかにする。具体的に、動物ロドプシンの研究では、色覚視物質の立体構造決定を試みる。タイプ1微生物ロドプシンの研究では、我々が次々に発見したロドプシンの新しい機能が生まれる要因を明らかにする。ヘリオロドプシンの研究では、その機能を解明するとともに、機能を生み出すメカニズムを明らかにする。本研究で対象とする様々なロドプシンは、大腸菌、酵母菌、昆虫細胞、哺乳類細胞などを用いて発現・精製する一方、必要に応じて生細胞での研究も行う。我々の学術的独自性をもたらしたのが赤外分光であり、本研究においても中心的な位置を占める。赤外分光などの分光解析に加えて、X線結晶構造解析・クライオ電顕などの構造解析、電気生理学によるイオン輸送解析などを様々なロドプシンに適用することで、作動メカニズムの解明を目指す。 以上のような3つの挑戦により、古くから知られているロドプシンに新しい描像を確立する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
動物ロドプシン研究については、サルの緑視物質を対象とした構造解析を開始した。手法としてはX線結晶構造解析とクライオ電顕を併用して行っており、そのための設備備品の導入も完了している。構造解析のために最も重要なことは安定性の高い試料の調製になる。近年のクライオ電顕の発展を考えると国際的な競争は熾烈であるが、関西医大、京大、東大とともに悔いのない共同研究の体制を構築して進めている。 タイプ1微生物ロドプシン研究について、現在も、新たなロドプシンが次々と発見されているが、イスラエルとドイツとの国際共同研究によるベストロドプシンの発見は特筆される。ポンプにせよチャネルにせよ、これまでイオンを輸送するロドプシンは内部をイオンが通っていたのであるが、手裏剣のような構造を持つベストロドプシンは、10個のロドプシンが内部に結合したチャネル部位を開けることがわかったのである。分光解析の結果、さらなる驚きが待っていた。これまですべてのロドプシンが77 Kという極低温でも光反応し、微生物では全トランス型から13シス型に異性化することが知られていたのであるが、ベストロドプシンは11シス型に異性化すること、さらには150 K以下では全く光反応しないことが明らかになった。ロドプシンは異性化という「分子の形が変わる反応が極低温でも起こる」ことが興味を集めてきたが、この事実は全トランス型から13シス型への励起状態での異性化反応において反応障壁が低いことを示している。低温で光反応しないロドプシンの発見は、11シス型への異性化において励起状態での高い反応障壁を意味しており、さらなる課題を提供した。さらにプロトンポンプ、ナトリウムポンプなどの作動メカニズム解明に貢献する論文発表をすることができた。 ヘリオロドプシン研究に関しては、初めてイオン輸送機能を見出した。
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今後の研究の推進方策 |
動物ロドプシン研究について、色覚視物質の構造決定は研究開始当初、夢の部類に位置付けていたが、クライオ電顕の進展により現実味を帯びてきた。構造生物学の研究室ではない我々が国際競争に勝てるかどうかわからないが、目標に向かって一直線に進む。並行して計算科学者とともに色覚視物質に対するモデル構造の構築を試みる。一方、構造が決まったとしても作動メカニズム理解の出発点にすぎず、構造ダイナミクスの解析が重要である。我々は幅広い時間領域の中間体に対する赤外分光解析を様々な条件を最適化することで推進する。当初の計画通り、様々な動物ロドプシン、さらにはGタンパク質共役型受容体(GPCR)の構造ダイナミクスを赤外分光を中心として調べる。 タイプ1微生物ロドプシン研究について、近赤外領域に吸収を持つベストロドプシンの低い光エネルギーの吸収が反応の特質とどう関わるのか、理解は始まったばかりである。当初から研究を予定していた光駆動ナトリウムポンプ、内向きプロトンポンプ、新規チャネルロドプシン、酵素ロドプシンなどもこれまでと同様、機能を生み出す作動メカニズム解明のため分光学的、生化学的、電気生理学的手法を駆使して調べる。特に高い光感度が明らかになり、光遺伝学や視覚再生のためのツールとしても期待されるチャネルロドプシンGtCCR4のメカニズム解析を行う。 ヘリオロドプシンにおいては、初めてイオン輸送機能を見出すことができた。論文発表を行うとともに、精製試料に対する分光解析により膜反転したヘリオロドプシンの輸送メカニズムを明らかにする。さらに真正細菌、古細菌から真核生物、ウイルスまで二千種類にも及ぶヘリオロドプシンの多様性を調べる。
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