研究課題/領域番号 |
21H04988
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
岡本 博 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 教授 (40201991)
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研究分担者 |
木村 剛 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 教授 (80323525)
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研究期間 (年度) |
2021-07-05 – 2026-03-31
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キーワード | 光誘起相転移 / 非線形光学 / 強相関系 / テラヘルツ光 / 中赤外光 |
研究実績の概要 |
既存のチタンサファイアレーザーシステムおよび有機非線形結晶DSTMSを用い、光学系を最適化することによって、テラヘルツパルスの電場振幅を3.7 MV/cmまで増強することに成功した。このテラヘルツパルスをポンプ光に、可視から中赤外に至る光パルスをプローブ光に用いたテラヘルツポンプ-広帯域光プローブ分光測定系を構築し、ギャップが0.7 eVである一次元モット絶縁体である分子性結晶ET-F2TCNQに適用した。過渡反射スペクトルに対し、キャリアの不均一な分布と光の侵入長を考慮した数値解析手法を適用し、近赤外から中赤外域に亘る広帯域の光学伝導度スペクトルを正確に導出した。そのスペクトル形状と時間依存性から、電場誘起金属状態が単純なドルーデ応答により再現できること、その緩和過程がオージェ再結合過程で説明できることを明らかにした。このキャリア生成と金属化は、電場に対して非線形に生じるが、その電場依存性は量子トンネル過程によるキャリア生成の理論式と良く一致する。以上は、ギャップが近赤外域より短波長側にあるモット絶縁体において、テラヘルツ電場による金属化を初めて実証した成果である。マルチフェロイクス系であるビスマス銅酸化物においては、テラヘルツパルスの電場と磁場の両者によると思われる方向二色性の変化を検出することに成功した。 テラヘルツ電場効果を調べる上で、低温測定は重要である。上記のテラヘルツポンプ-広帯域光プローブ分光および第二高調波プローブ測定を低温で実施可能な光学系を整備した。クライオスタット中で、最大2.2 MV/cmの電場の印加が可能となった。 中赤外パルスによる電子誘電体の分極制御については、クロコン酸において、水素振動励起による強誘電分極の変化をテラヘルツ放射で検出することに初めて成功した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
既存のレーザーシステムを用いたテラヘルツパルスの電場の増強が順調に進んだ。このテラヘルツパルスを使って、本研究の重要課題である、ギャップが大きなモット絶縁体の電場誘起金属化に成功した。また、不均一なキャリア分布を考慮した過渡スペクトルの解析手法を考案し、それを用いて過渡光学伝導度の定量的な解析を実現した。本手法は、今後の研究に有効に活用することができる。 やはり本研究の重要課題であるマルチフェロイクス系のテラヘルツパルスによる分極・磁化制御については、ビスマス銅酸化物を対象としたテラヘルツパルス応答の検出を進めた。まず、電磁冷却により反強磁性ドメインそろえる手法を確立した。また、テラヘルツパルスとプローブパルスの入射方向を変えたいくつかの測定を組み合わせることにより方向二色性の変化を検出し、テラヘルツパルスの電場と磁場の効果を切り分けることが可能な測定系を構築した。今後、これを使って、マルチフェロイクスのテラヘルツ電磁場応答の詳細な理解が可能になると考えている。 電子誘電体のテラヘルツ・中赤外パルスによる制御も本研究の重要課題である。温度による強誘電転移を起こす系を念頭において、低温でのテラヘルツポンプ-広帯域反射プローブ、第二高調波プローブ分光系の整備を完了した。クライオスタット中で、最大約2.2 MV/cmの電場の印加が可能となった。今後、TTF-CA等の電子誘電体の分極制御の研究への活用が期待できる。また、広義の電子強誘電体であるクロコン酸において、中赤外パルスを使ったプロトン振動励起による分極変化をテラヘルツ放射で観測することに成功した。この手法も、今後、様々な強誘電体の分極制御の研究に活用できると期待される。 以上のように、テラヘルツ・中赤外パルスを使った物性変化を検出するために必要な測定手法の開発、および、結果の解析手法の構築が当初計画より前倒しで進んだ。
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今後の研究の推進方策 |
2021年度までに、テラヘルツパルスの電場振幅を3.7 MV/cmまで増強し、このパルスを用いて、一次元モット絶縁体である分子性結晶ET-F2TCNQの電場誘起金属化に成功した。今後は、金属化のエネルギー効率を見積もるために、テラヘルツパルスの透過率の電場振幅依存性を詳細に測定し、近赤外光励起の場合の金属化の効率との精密な比較を行う。結果をもとに、テラヘルツパルスによるキャリア生成の有効性を検証する。また、2022年度には、テラヘルツパルスの更なる高強度化を目指し、時間幅が35 fsのレーザーシステムを導入する。このレーザーを用いて、まずは電場振幅を1.5倍程度まで増強し、電場誘起キャリア生成が可能な物質の幅を広げていく。 電子誘電体については、分子性結晶TTF-CAの強誘電相にクライオスタット中で2 MV/cm以上の電場パルスを照射し、電場の向きに依存する分極変化を詳細に調べ、強誘電分極の増強や常誘電相への転移の可能性を調べる。 マルチフェロイクス系については、前年度に研究を開始したビスマス銅酸化物の低温反強磁性相において、テラヘルツパルスの電場と磁場の両者の作用によって生じる過渡的な反強磁性秩序の変調の実証を行う。 中赤外パルス励起による分極制御については、前年度に引き続き、広義の電子型強誘電体である水素結合型分子結晶クロコン酸において、水素結合を構成するプロトンの振動を励起することによる分極変化の検出を行う。具体的には、分極変化をテラヘルツ放射だけでなく第二高調波発生により観測し、両者の時間変化から分極のダイナミクスを詳細に評価する。さらに、位相制御中赤外パルスを励起に使い、第二高調波発生の変化をサブサイクルで検出することを目指す。そのために必要な、近赤外極短パルスの発生も実現する。
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