2021年度は、研究計画に従って1960年代から70年代のフランクフルト・アム・マイン再開発問題をめぐる行政と市民運動の相互作用について調査を行った。2021年10月にはドイツのフランクフルト都市史研究所(Institut fuer Stadtgeschichte Frankfurt am Main)とミュンヘン労働運動文書館(Archiv der Muenchner Arbeiterbewegung e.V.)にて史料を収集し、次のような知見を得た。 1960年代以降のフランクフルト・ヴェストエント地区の再開発に関して、地域住民や若い左翼活動家による反対運動を、市政府と警察が投資家と一致団結して抑圧したというイメージが抗議勢力によって語られ、その後もしばしば維持されてきた。しかし、実際には世論に敏感な行政は、早い時期から市民の批判を真剣に受け止め、地区の荒廃をもたらす再開発を阻止しようとした。さらに新たな知見として、フランクフルト警察は、自らを家賃高騰に悩む再開発問題の被害者だと捉えていた。そのため警察は、投資家の利潤追求を積極的に支持せず、力による抗議運動の抑圧をなるべく避けていた。 1970年代半ばには、建物を解体から守る記念碑保護制度が新たに確立されるとともに、家屋を占拠して警察に抵抗する者は処罰対象になるという連邦裁判所の判断が示された。こうした市民運動への対応のための法制度と方針が確立したことで、再開発に関する激しい紛争は一旦解決された。 1960年代以降の再開発問題が特に激しい衝突を伴った理由は、行政が市民の声を抑圧したことにあるというよりも、当時の法制度の限界と市民運動への対応経験の少なさから、行政の措置が不十分な効果しか持たなかったことにある。行政の民主的姿勢を指摘する本研究の知見は、西ドイツ民主主義のローカルな発展を実証的に示す重要なものであろう。
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