本研究では、ナノサイズのタンパク質ケージを結晶鋳型として、タンパク質ケージの内部空間に、ターゲットとなる分子反応場を構築することで、分子反応過程を実時間で直接追跡・解析できる実験システムの構築に挑んだ。前年度に引き続き、芳香環相互作用を構築・解析のターゲットとし、最終年度となる令和4年度は、(1)理論計算を用いた、タンパク質ケージ内での芳香環相互作用の動的挙動および熱力学特性の分子レベルでの解明、(2)芳香族蛍光分子の結合により駆動する分子挙動伝搬システムの開発と蛍光特性評価、(3)芳香族空洞設計による標的内包分子種の拡張、に取り組んだ。 具体的には、 (1)分子動力学シミュレーションにより、芳香族クラスターが、高温において幾何学配向をT型からπ-πスタッキングへと変化させること、また、水和エントロピーの獲得により、タンパク質の熱安定化に寄与していることを明らかにした。 (2)タンパク質ケージの2回対称サブユニット界面に、異なる形状の分子ポケットを有する芳香族クラスターを構築した。適切なリガンドの結合を駆動力として、複数の芳香環側鎖の配向変化を制御できることを、X線結晶構造解析により確認し、分子挙動伝播システムの設計コンセプトを実証した。また、π-πスタッキングを介して芳香族蛍光分子をポケット内に孤立させ、リガンドの蛍光量子収率および蛍光寿命を向上できることを示した。 (3)タンパク質ケージの内壁に複数のグリシンおよびフェニルアラニンを導入することにより、空洞を構築し、フラーレン誘導体の固定化、X線結晶構造解析による複合体構造の決定に成功した。 以上により、タンパク質ケージ内部に、種々の多環式芳香族分子を固定化し、その集積状態・熱力学特性・光学特性を評価できる芳香族ケージシステムを構築した。従って、本研究は、分子反応過程を実時間で実験的に追跡するための、分子設計基盤を確立した。
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