2022年度は清華大学蔵戦国竹簡『五紀(ごき)』を釈読し、古代中国の身体観について考察した。清華大学蔵戦国竹簡は戦国時代中期頃に筆写されたと考えられている。 『五紀』は世界を成り立たせている秩序について説く文献で、これまで紙で伝わってきた文献にはない記述が含まれる。中国思想において、人体は自然の一部と考えられるが、この『五紀』にもそのような見方がある。具体的には、肋骨や背骨、五臓といった身体部位に、二十八宿の星々や山川などの自然に宿る自然神、東西南北の四方が当てはめられているのである。『五紀』にも身体を小宇宙と見なす中国伝統の考え方が表れている。 また、この『五紀』には病気の話も含まれる。本文献の中で、病気は「鬼(き)」(悪い憑きもの)の祟りが原因で生じるとされ、その病気を回避するために天の祭祀をするよう強調されている。現代の我々は、中国医学に対して、体内を巡る「気」を整えるために針灸で治療をするものというイメージが強いであろう。しかし、もともと「気」の理論が発達する以前、特に殷代には「鬼」を病気の原因と考えていた。『五紀』の筆写された戦国時代にもその考え方は大いに残っていたことが、この度の検討で明らかになった。 これまで、戦国時代の竹簡で人体の構造や存在、発病メカニズムについて詳述した文献はほとんど見つかっていなかった。しかし、『五紀』の公開により、戦国時代中期ごろの身体観について、記述に基づいて考察できるようになった。今後は当該年度の研究を足がかりに、医学以外の文献も調査して『五紀』を含む先秦の身体観がどのように変化していったのかも視野に入れつつ、研究を行いたい。
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