本研究の目的は、強電場レーザーで駆動された固体電子から発生する時間反転光放射を基礎として、従来の光電子を用いた方法では測定の困難であった強相関準粒子のエネルギー運動量分解測定法を確立することにある。前年度の研究により、最も基礎的な強相関模型の光電場駆動により発生する時間反転光(エコー)の定量的性質が解明された。特に強い電子間相互作用により一体の電子描像が破綻しているにもかかわらず、系の準粒子が持つエネルギーと運動量の関係がエコー振動数の電場振幅依存性に直接現れることが明らかとなった。2022年度はこの時間反転プロトコル、およびエコーを用いたエネルギー運動量分解測定法を、より実際の物質を模した理論模型に適用することで実験との比較・検討のための基礎理論構築を行った。特に、低次元強相関有機化合物の代表格として知られるTTF-CAにおける光電場駆動ダイナミクスを解析した。この系に存在する中性イオン性ドメインという多体励起状態のエネルギーバンドに共鳴させた励起パルスを照射した結果、エコーが現れないことを確認した。詳しい解析の結果、エネルギーバンドの実態が中性イオン性ドメインの強い束縛状態の梯子であることがわかり、エコー発生における必要条件を新たに明確にすることができた。この理解に基づくと、中性-イオン性転移点においてその束縛が消失するという先行研究の示唆から、詳しい相互作用依存性の解析によって遍歴的中性イオン性ドメインの存在を示すことができると期待される。実際に一次相転移直上の状態を対象とした光の時間周波数解析により、エコーの“残滓”にその遍歴的特徴が現れることを明らかとした。
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