動物の鼻に存在する嗅覚受容体は、何十種類もの混合気化物質の組成と強度の相違・類似性を「ニオイ」という尺度で評価する「ニオイセンサ」として機能する。しかし、「ニオイ」は感性として取り扱われることが多く、科学的に定量、定性できる量としてニオイを定義する方法は未だ確立されていない。そこで本研究では視覚的にニオイ分子を認識するニオイセンサの開発を目指した。有機色素の分子認識機能と光学機能の二つの特性に着目し、生物の嗅覚受容体を模倣した人工嗅覚受容体(有機色素)による天然を凌駕するシステムの構築を狙った。本年度はキラルな人工嗅覚受容体の合成と、人工嗅覚受容体の有機小分子に対する光学特性変化の評価の2つを主に実施した。まずキラルな人工嗅覚受容体の合成では、不斉中心を有するシクロヘキシル基やシクロペンチル基を導入したナフタレンジイミド誘導体を合成した。円二色性スペクトルを示したことから光学特性へのキラリティの反映が確認された。続く電子的特性の異なる様々な芳香族置換基を導入したことによって緑色や黄色といった多色発光が観測され光学特性の変調が容易であることを明らかとした。また人工嗅覚受容体の有機小分子に対する光学特性変化の評価では、固体粉末状態の人工嗅覚受容体5種類に対して酢酸エチルや酢酸ブチルや(+)-リモネン(それぞれパイナップルやリンゴやレモンに含まれる成分)などのニオイ分子の飽和蒸気を曝露させた。その結果、一部の人工嗅覚受容体は酢酸エチルや酢酸ブチルの蒸気に対して吸収と発光スペクトルの短波長シフトを示すことが明らかとなった。光学特性変化のメカニズムを調べるために常温で液体のニオイ分子中へと人工嗅覚受容体の固体粉末試料を浸漬させたところ、浸漬によってもニオイ分子がゲストとして結晶構造中へと包接され、呈色・発光色変化が誘起されることを見出した。
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