研究課題/領域番号 |
21J11306
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
中川 聡 東京大学, 情報理工学系研究科, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2021-04-28 – 2023-03-31
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キーワード | ヒューマンロボットインタラクション / 生活の質 / 状態推定 / ポジティブ心理学 / 深層学習 / カウンセリング |
研究実績の概要 |
高齢者のQOLを向上させる対話ロボット開発を目的として、マルチモーダル情報を用いたQOL推定システムを構築した。また、人とロボットとの関係長期化を目指し、共感的言動生成による自己開示促進手法を実装した。 初めに、エージェントとの対話過程でQOLを推定するシステムを構築した。このシステムでは、対話中の視線、表情、頭部揺動、韻律、発言内容の各情報を統合処理することでQOLを推定する。被験者44名での交差検証の結果、単一の特徴量による推定器よりも、統合処理をした推定器の方が誤差を抑えられることを示した。 次に、人相手とエージェント相手のカウンセリングを比較する実験を行った。エージェントとの対話には、他者からの評価を意識せずに済むため自己開示しやすいという利点がある一方、言動の画一化という課題があることがわかった。そこで、自己開示の促進と言動の画一性の解消が、人とロボットとの関係を長期化させるという仮説を立てた。 自己開示促進の要因を特定するために、カウンセリングにおける自己開示度と他の指標との相関を調べた。その結果、エージェントから共感されていると感じた人ほど自己開示ができることがわかった。また、エージェントの発言例のセラピストによるスコアリングの結果、人の発言の要約が共感度を高めることを示した。そこで、人の発言を要約する共感的言動生成システムを構築した。また、言動の画一性を解消するため、QOL推定結果のフィードバック機能を実装した。 QOL推定、フィードバック、共感的言動生成の各システムをロボットに実装し、再びカウンセリング実験を行った。その結果、従来のロボットカウンセリングと比べ、共感度や自己開示度の向上が確認された。一方、言動の画一性や関係長期化の可能性については有意差が認められなかった。実験参加者へのヒアリングの結果、過去の会話内容を反映した言動等が有効となる可能性が示唆された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
当該年度は、QOL推定システムをロボットに実装し、対話を通じたリアルタイムなQOL推定を実現することを計画した。また、ロボットが人に共感を示しながらオープンドメインな対話をするシステムを開発し、QOL推定結果に応じた個人特化型の言動を生成させることを計画した。方針を変更した箇所もあるが、システム構築だけではなく、カウンセリング実験による有効性検証を実施できたという点で、当初の計画以上に進展しているといえる。 ロボットによるQOL 推定システムに関しては、当初の予定どおり、人の発言内容からリアルタイムにQOLを推定することに成功した。対話の継続による推定精度の向上は未検証であるが、発言内容のほかに映像や韻律情報を統合したマルチモーダル推定により、精度の向上を示すことができた。 個人特化型の言動生成に関しては、ロボットに共感的言動生成を実装することができた。また、QOL推定結果を人にフィードバックする機能を実装した。対話形式はオープンドメインではなく認知行動療法に則ったものとしたが、これにより従来のCCBT(computerized cognitive behavioral therapy)と提案手法との比較実験が可能となった。提案手法の有効性は次年度の高齢者福祉施設での実験で検証する予定であったが、これに先立ち、7日間のカウンセリング実験で手法の利点と課題を洗い出した。その結果、本研究で目指す言動の個人特化に関しては、従来手法との差が認められなかった。しかし、実験参加者から意見を募ったところ、過去の発言内容の記録や感情表現の追加など、ロボットの言動を個人に特化させるための方策を見出すことができた。以上より、本研究は当初の計画以上に進展していると判断する。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度は視覚,聴覚,テキスト情報を用いたQOL推定システムを構築した。また、人に自己開示を促すことを目的として、エージェントによる共感的言動生成を実装した。本年度はシステムの改良や課題解決を行い、福祉現場での有効性を示すため、以下の研究活動を計画する。 共感的言動生成の改善:ロボットの言動の共感性を高めて人の自己開示を促し、QOL推定の円滑化を図る。例えば、昨年度は共感的言動生成の手法として人の発言の要約を採用したが、音声認識の精度が低いとかえって共感度を低下させる可能性が示唆されたため、認識精度に応じて言動生成方法を適切に選択する。アンケートによるスコアリングや対話実験を実施し、発言の共感度や人の自己開示度を従来手法と比較する。 言動のパーソナライズ:ロボットの言動をさらに個人に特化したものにし、関係の長期化を目指す。昨年度の実験で得られた意見を反映し、過去の会話内容を踏まえた発言や、会話相手の氏名の記憶、発言への感情の織り込みなどの機能を追加する。アンケートによるスコアリングや対話実験を実施し、発言がパーソナライズされた度合いや長期的関係構築の可能性を従来手法と比較する。 QOLを向上させる言動の生成:QOL推定結果に基づき、QOL向上を目的としたロボットの言動を生成する。QOLを改善するための行動を促す発言パターンを用意し、それを用いて対話実験を行う。発言を受けた参加者の行動変容の有無やQOLの変化を調査し、行動変容やQOL向上が見られた発言のデータを蓄積する。最終的に、QOLが低下した人に対し、ロボットが効果的な助言をできるようになることを目指す。 有効性検証:上記の改良を施したロボットを用い、高齢者福祉施設でのフィールドワークを実施する。フィールドワークは数週間から数か月の中長期的なものとし、ロボットとの長期的関係構築や高齢者のQOL向上に対する提案手法の効果を検証する。
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