昨年度は、量子多体傷跡(スカー)状態の研究の更なる拡張に取り組んだ。温水の中に氷を入れるとやがて一様な冷水となるように、通常、物質はしばらく放置するとある特定の状態に落ち着いていく。このような現象は熱平衡化と呼ばれ、ほぼすべての系で起こる普遍的な現象であると考えられてきた。ところが、近年、熱平衡化が著しく遅い実験系が報告され、大きな注目を集めている。このような異様なほど長い間、あるいは永久に熱平衡化しない状態のことを量子多体傷跡状態という。 量子多体傷跡状態を最初に観測した実験系の有効模型として、PXP模型と呼ばれる模型が知られている。この模型は、各サイトに原子がおり、基底準位とリュードベリ準位と呼ばれる準位間の遷移が許されるが、リュードベリ準位の原子同士は強く反発するという模型である。オリジナルのPXP模型では各サイトの原子は移動しないが、実際の実験では、原子のホッピングが可能なセットアップも可能だと考えられる。このようなPXP模型にホッピングを導入した模型(拡張PXP模型)について、松本氏(東大)とともに、解析的・数値的に調べた。解析的・数値的に調べた。その結果、ある初期状態から始めると、オリジナルのPXP模型と同様、拡張PXP模型でも著しく熱平衡化が遅いことがあることを発見した。加えて、いくつかの固有状態が具体的に書き下すことができ、それらが低いエンタングルメントしか持たず、非熱的な振る舞いをすることもわかった。これらの結果の詳細は、リーディング大学院プログラムMERITの自発融合研究としての取り組みとして、自発融合研究報告書にまとめられた。 加えて、申請者の量子多体傷跡状態に関する研究成果を博士論文としてまとめ、博士の学位を取得した。
|