本年度は、配位子骨格に適切な置換基を導入することで、ウラニル錯体の配位子骨格の一部分のみに酸化還元活性能を付与することを目指した。まず、ビス(オルトイミノフェノラト)ピリジン配位子のフェノレート部位に様々な置換基を導入したウラニル錯体を合成・同定した。得られた錯体の酸化還元挙動を調査したところ、フェノレート部位に導入した置換基の種類に依らず、錯体の1電子還元反応は常に配位子上で起こり、配位子がアニオンラジカル種になることが分かった。一方で、還元によって生じたアニオンラジカル由来の不対電子の分布度合いは、導入した置換基の種類に依存して変化した。特に、配位子両端のフェノレート部位のうち片方に電子供与性、もう一方に電子求引性の置換基をそれぞれ導入した非対称ビス(オルトイミノフェノラト)ピリジン配位子を持つ錯体では、ラジカルの不対電子は電子求引性の置換基を有する配位子側に局在化することがわかった。これまでに得られたウラニル錯体の酸化還元挙動に関する知見を踏まえ、本年度はレドックスアクティブ配位子を有するウラニル錯体を利用した新規反応性の創出にも取り組んだ。ここでは、ビス(オルトアミノメチルフェノラト)ピリジン配位子を有するウラニル錯体の合成および同定を行った。この錯体の溶液を室温下大気中で静置したところ、配位子の2つのアミノメチル部位が定量的にイミノ基に酸化されることを見出した。反応速度論解析や量子化学計算を組み合わせて詳細な反応メカニズムについて検討したところ、アミノメチル基のN-H結合が大気中の酸素分子によって活性化されることで反応が進行することが明らかになった。この結果はウラニル錯体においてレドックスアクティブ配位子を巧みに利用することで、温和な条件下で物質変換を達成した初めての例であり、ウランを用いた分子触媒の創成に新たな設計指針を提案するに至った。
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