研究課題
本研究の目的は、X線観測を介した大質量星周辺環境の理解である。太陽の10-数百倍の質量を持つ「大質量星」は銀河進化に欠かせない重要天体として知られる。大質量星が活発に誕生する星形成領域では空間的に広がったX線放射が存在し、高エネルギーの星間現象を探る手がかりとして期待できる。本研究ではこの放射の根本的理解のため (1) 広視野・高感度で放射を捉える次世代型の軽量望遠鏡の開発を進めつつ、(2) 既存のX線天文衛星のデータを解析することで放射の起源や基礎物理の解明を目指す。望遠鏡はマイクロマシン技術を用いることで小型・軽量でありながら、広がった放射に「すざく」衛星並みの高い感度を実現できる。Si 基板に開けた微細穴の側壁をX線反射鏡とする方式であり、結像性能は鏡面形状に依存する。今年度は鏡面の平滑化に有効な長時間の高温アニールに加え、形状の悪い部分を研磨して除くことで結像性能が2倍向上した。また反射率を上げるために Si 表面に原子層堆積法による Co 成膜を実証し、顕微鏡観察とX線照射試験から Co 膜の粗さが 1 nm 程度と十分に小さいことを確認した。特にX線による評価は世界初の試みであり、応用物理学会2021年秋季年会放射線分科会における発表が学生優秀講演賞に選出された。天体データ解析では、広がった硬X線放射の報告がある大質量星形成領域 RCW 38 の解析に着手した。この領域は高温プラズマからの熱的放射と高エネルギー粒子加速などに由来する非熱的放射が混合する領域と考えられている。本研究では点光源に高い感度を持つ Chandra 衛星と広がった放射に高い感度を持つ「すざく」衛星を併用して、初めて詳細なスペクトル解析を行った。その結果、統計的には熱的な放射成分だけでも広がった放射を説明することが可能であり、また星団の中心部と外縁部でその様相が異なることも発見した。
2: おおむね順調に進展している
将来の衛星ミッションに向けたマイクロマシン技術を用いた独自の軽量X線望遠鏡の開発と、既存の観測衛星のデータ解析を並行して進めている。望遠鏡の結像性能は、今年度実証した高温アニールと研磨プロセスの複合により鏡形状に由来する角度分解能で1回反射当たり5分角を達成した。これは本望遠鏡の宇宙実証機であり2025年までの打ち上げを目指す超小型衛星 GEO-X の性能要求を満たす性能である。また反射鏡面に成膜する Co などの金属膜の表面粗さに関しても、かねてからの設定要求値である 1 nm を満たす良好な膜質を確認することができた。今年度はさらに全製作プロセスを通して2段組みの Wolter I型望遠鏡の組み立ても行い、試作品としてX線照射による性能評価までを完了した。これまでは個々のプロセスごとに開発を進めていたが、プロセスを結合することで新たな課題も見つかっている。衛星データ解析においては、広がったX線放射の見られる大質量星形成領域の観測データの分析を進めている。広がった放射の性質は少なくとも2-3つに分類できると考えられ、これまでに軟X線で明るいカリーナ星雲や、硬X線成分の見られる RCW 38 など、タイプの異なる放射の解析を完了している。それぞれの成果は投稿論文としてもまとめている。
望遠鏡開発では、本年度見つかった課題を反映して各製作プロセスを微調整していく。改良した各条件で全プロセスを通し、望遠鏡のエンジニアリングモデルを製作する。完成した望遠鏡は ISAS/JAXA のビームラインにてX線照射試験を行い、性能を評価する。必要に応じて製作にフィードバックを行い、フライトモデルの製作に向けてプロセスの最終確認を行う。同時に打ち上げを模擬した音響、振動・衝撃、熱サイクル、熱真空など各種環境試験を推し進め、検出器や衛星本体、推進系の担当機関とも連携をとりながら打ち上げに備える。衛星データ解析では、これまでの経験を基に対象天体を広げ、大質量星形成領域の広がったX線放射のスペクトル解析を進める。特に、分光性能が高く、広がった放射への感度も良い「すざく」衛星で観測データがある領域を系統的に解析する、これにより、熱的放射のプラズマ温度や非熱的成分の有無、分子雲密度や星団の年齢が及ぼす影響を調べ、広がったX線放射の起源や全体像の解明を目指す。一連の成果は博士論文としてまとめる。
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