本研究は、18世紀フランスにおけるハーディ・ガーディ(ヴィエル)の演奏習慣の解明を目指していたが、新型コロナウィルス感染症の影響を受け、16世紀から18世紀の当該楽器の受容状況の解明に研究目的を変更した。2022年度に取り組んだ課題は主に以下の2点である。 1点目は、ハーディ・ガーディが18世紀フランスの上流階層の人びとに演奏されるようになった一因でもある、サヴォワ地方での演奏状況に関する調査である。18世紀フランスでこの楽器が田園的な楽器と評価された要因に、山間部サヴォワ地方からパリへ出稼ぎに訪れるサヴォワイヤールと呼ばれる人びとが、当該楽器を携えていたことが指摘されている。そこで、18世紀に実在したサヴォワイヤールの女性を取り上げたヴォードヴィル《ヴィエル奏者ファンション》(1803)に着目し、実在したファンションに関する記録の調査と、ヴォードヴィルの台本の精読、それらの比較を通して、実在のファンションの記録と作中のファンションに人物像の乖離が認められることを明示した。そのうえで、この楽器とその奏者像が、上流階層の人びとの理想を投影するものとして18世紀に形成されたことを指摘した。 2点目は、ハーディ・ガーディの音楽的特徴をヴァイオリンなどの他の楽器で模倣した作品に関する調査である。こうした作品の例として、クープランのクラヴサン組曲《偉大にして古き吟遊詩人組合の年代記》(1716-1717)第2曲〈ヴィエル弾きと物乞い〉や、《プラテー》の劇中音楽〈ヴィエル風メヌエット〉(1745)などがある。こうした作品の楽曲分析を行った結果、当該楽器を模倣した作品の多くは、上流階層の人びとが18世紀に演奏したであろう洗練されたハーディ・ガーディの音楽ではなく、それ以前の民俗的で素朴な音楽を表現していることが明らかとなった。
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