成体マウスにおける記憶の研究から、記憶ははじめ海馬に保存されており、海馬依存的に想起されるが(近時記憶)、その後徐々に大脳皮質に統合され、想起における海馬依存性は減少し、皮質依存性が高くなることが知られている(遠隔記憶)。一方、幼児期の記憶には急速な忘却が起こることが知られており、遠隔記憶は生後の脳神経系の発達によって可能になると考えられている。しかし、発達過程において「いつ」「どのように」遠隔記憶が可能になるかは不明である。 本研究は幼児期マウスを用いた行動解析、免疫組織化学染色、遺伝子発現操作、光遺伝学的手法により幼児期健忘の新たなメカニズムを明らかにすることを通して、遠隔記憶を可能にする発達的変化を明らかにすることを目指すものである。昨年度は幼児期マウスに対するウイルス投与の手法の開発を行ったが、遺伝子発現操作や神経活動操作を行う部位や注目するべき幼児期の記憶の性状を特定するためには幼児期マウスの記憶の記銘時、近時想起時、遠隔想起時の前頭前野や海馬の活性化を検証する必要があった。そこで本年度は前述の記憶の各段階における前頭前野と海馬の活性化を最初期遺伝子c-fosの免疫組織化学染色により検証した。その結果、幼児期の脳内情報表現は、これまで成体で知られているものと異なる可能性が示唆された。 今後は、昨年度開発した幼児期マウスへのウイルス投与手法と本年度の実験結果を基に、幼児期の脳の遺伝子発現操作と光遺伝学的手法を用いて、幼児期特有の記憶機能を探索し、遠隔記憶の形成、保持に関する機能の発達過程を明らかにすることを目指す。
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