研究課題/領域番号 |
21J13049
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
西村 亘生 九州大学, 工学府, 特別研究員(DC2)
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研究期間 (年度) |
2021-04-28 – 2023-03-31
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キーワード | 動的核偏極 / 動的電子偏極 / NMR / ESR / 光励起三重項 / オーバーハウザー効果 / 安定有機ラジカル / ナノ粒子 |
研究実績の概要 |
本研究では、光励起三重項電子を用いる動的核偏極法(triplet-DNP)を活用し、高偏極水を連続的にNMR装置へ供給するフロー型DNP-NMR装置を開発し、全く新しい分子構造解析技術の開拓を目指す。初めに偏極源を含む有機ナノ粒子を水中に分散させた系において、固液界面の設計によりナノ粒子から水への偏極拡散を達成し、永続的な水の高偏極化を試みる。また二準位間遷移の活用などにより電子偏極の配向依存性を解消することで、DNPの高効率化を図る。次に、DNP装置とNMR分光計の間で試料が一巡するように複合化し、新たにフロー型DNP-NMR装置を開発する。 これまでは水中でナノ粒子を高偏極化することに成功していた一方で、その偏極が界面の水へと拡散しないという問題があった。そこで、偏極緩和の要因となり得る界面活性剤を除き、再沈法によりボトムアップ的にナノ粒子を作成することで水の高偏極化を達成するに至った。また増感倍率の改善に向けた低磁場DNPは、低磁場における核スピン偏極の保持時間が期待値より大幅に短いという問題が明らかになった。そこで新たに三重項よりも偏極の配向依存性の小さいラジカルの高偏極化にも取り組んだ。その結果、ポルフィリン誘導体とニトロキシルラジカルを連結した新規化合物を合成し、有機溶媒中での可視光照射によるラジカルの高偏極化を達成した。 加えて高偏極ラジカルを利用したマイクロ波を使用しないDNPとして、光オーバーハウザーDNPも提唱されており、光を照射するだけで溶媒分子の高偏極化を達成している。特に水の高偏極化に向けて強力な手法となり得ることから、新たにこちらの戦略にも着手した。光照射とNMR観測を同時に行うことが可能な装置を新たに設計・構築し、既往の研究で報告されているローズベンガルを用いたDNPの再現に成功した。今後新規化合物を用いてDNPが観測されるか検討する予定である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、ペンタセンと異なり汎用有機溶媒に溶解可能かつ安定性に優れたジアザテトラセンを用いることで、再沈法によるナノ結晶の合成に成功した。これにより、緩和の要因となり得る界面活性剤をもたず、更に粒径が制御されたナノ結晶が得られ、その水懸濁液を用いることで固液界面を活用した液体状態のままでの水の高偏極化を達成している。凍結などの操作を介さない水の直接的高偏極化は、本研究の最終目標であるフロー型DNP-NMR装置の実現に向けて根幹となる要素であり、これを達成したことは大きな進展である。しかし増感倍率は低く、実際にフロー型DNP-NMR装置を用いた高感度測定に向けてはさらなる効率改善が求められることから上記の区分とした。 また、電子偏極の配向依存性解消に向けた低磁場DNPについては、低磁場における核スピン偏極の保持時間が著しく短いという新たな課題が浮き彫りとなった。したがって、低磁場DNPは本研究の最終目標に向けては適切な戦略ではないことが予想され、ナノ結晶の偏極効率改善は難航した。しかしながら、安定有機ラジカルの高偏極化という新たな戦略に基づき、実際に新規化合物を合成し電子偏極を観測するに至った。当初の計画とは異なるものの、DNPの高効率化に向けて新機軸を生み出す重要な成果であり、水の高偏極化にも寄与すると期待されることから概ね順調に研究が進展していると評価した。
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今後の研究の推進方策 |
前年度の研究から、増感倍率には改善の余地があるものの、ナノ粒子から水への偏極移行を達成した。フロー型DNP-NMR装置の実現に向けた次なる課題は増強倍率の改善であることから、偏極移行界面の設計による核スピン-核スピン間の偏極移行効率の改善と、偏極源の改良によるナノ粒子偏極率の向上を目指す。第一に、核スピン間の偏極移行については、水の運動を抑制することで偏極移行効率が改善できると示唆されたことから、粒子表面を修飾し、界面での水のダイナミクスを制御することで増感倍率の向上を図る。次に偏極源については、低磁場における二準位遷移の利用は、ホスト材料の緩和時間の観点から困難であった。しかし一方で、ポルフィリンとニトロキシルラジカルをエチレングリコール鎖で連結した分子が、分子内光反応により高偏極ラジカルを生成することを見いだした。高偏極ラジカルは、三重項電子と比較して偏極の配向依存性が小さく、増感倍率の向上に繋がると期待できる。そこでさらにラジカル-色素間の距離の異なる分子を合成し、より高効率にラジカルを高偏極化できる分子を探索する。 また、核スピン間での偏極移行効率の悪さに加え、マイクロ波を照射する必要があるという装置上の制約から、偏極可能なサンプル量が少ないことが問題点として浮上した。そこでマイクロ波を用いることなく直接電子スピンから水への偏極移行が達成しうる系についても検討する。
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